2017年05月13日

[東京新聞] 森林除染偽装 不正は絆を弱くする (2017年05月13日)

福島第一原発事故に伴う除染作業で不正請求があった。住民の安全と安心のために除染は必要だ。だが、費用は税金。関係者は不正が起きにくい仕組みを整え、チェックも厳しくしてほしい。

問題が明らかになったのは、福島市松川町の森林除染。三次下請けのゼルテック東北が、通常の森林除染を工事単価の高い竹林と偽装していた。本紙の報道を受けて同市は十一日、記者会見して「過剰請求額は一千万円超。刑事告訴も検討する」と述べた。

福島県内の除染作業は、旧警戒区域や旧計画的避難区域で放射線量が高い地域は国が実施計画を策定、実施する除染特別地域と、市町村が行う汚染状況重点調査地域がある。除染特別地域は大手ゼネコンなどが請け負い、市町村の除染は地元企業が多い。

今回のケースも市内の企業三社がつくる共同企業体(JV)が二〇一四年から昨年まで約十八万平方メートルの除染を受注していた。

ゼルテック東北は約二千六百平方メートル分について、工事完了報告書に短く切った竹を並べて竹林に見せ掛けたり、画像修整ソフトを使って写真を加工したりした。同市は「写真で確認し、疑いを持たなかった」と話す。

しかし、現地を見た本紙の記者は「驚いた。写真の場所も、周りも、太い竹はなかった」と話している。除染の工事単価は一平方メートルあたり約五百円だが、竹林は伐採が必要なので約四千六百円が加算される。竹林だけでも現場をチェックするようにしていれば不正は防げたはずである。

同市は昨年十一月に内部告発があるまで現地を見ていなかったという。これでは、不正は一社だけなのかという疑問も出てくる。他の事業者についても調査が必要ではないのか。

東日本大震災の被災地復興のために今、国民は復興特別税を納めている。復興の役に立てばと思うから応じているのである。しかし、今年三月にも環境省の職員と業者が贈収賄で逮捕されるという事件が起きた。信頼を失うことがないように努めてほしい。

今回の偽装の特徴は画像修整ソフトの使用である。写真の中のホワイトボードの数字が書き換えられていた。ソフトを使えば、写っていないものを加えたり、写っているものを消したりできる。最新の技術を使えば、音声も動画も加工できる。フェイクニュース(偽ニュース)だけでなく、偽データにも気をつけたい。
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2017年05月12日

[東京新聞] クロマグロ 魚食文化の曲がり角 (2017年05月12日)

世界一のクロマグロ消費大国日本で密漁まがいの不正が横行、資源保護の国際公約も守れなかった。すしや刺し身は日本が誇る食文化。ルールを守り、その豊かさを後世に伝えてこその文化である。

日本近海など太平洋クロマグロの資源量は、最盛期の十分の一程度に減っている。国際自然保護連合(IUCN)は二〇一四年、絶滅危惧種のリストに載せた。

太平洋クロマグロの資源管理に当たる国際機関、中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は資源回復に向けてその年、重さ三〇キロに満たない幼魚の漁獲量を、半分に減らすことで合意している。

六月末までの一年間で四千七トンが、日本に許された漁獲枠。ところが規制開始二年目のことしもうすでに、四月末までにその上限を超えてしまった。

西日本を中心に「予想外の豊漁」で、他の魚種を狙った定置網での混獲が増えたこともある。

だが、水揚げ量の過少申告や、未承認の漁船による“密漁”などの不正も横行しているという。

日本は、世界最大のクロマグロ消費国。西太平洋の漁獲量の八割を占め、その上輸入も多い。魚食文化の伝統を守り、マグロを食べ続けるためには、資源保護の手本を示す立場にあり、海外や自然保護団体からの風当たりは強まっている。

政府は来年以降、成魚も含め、海域の「漁獲可能量(TAC)」を事前に決める、罰則付きの総量規制に乗り出す方針だ。

それでも公約破りが続いた場合、自然保護の観点から「しばらく全面禁漁を」ということにもなりかねない。

海は広いが有限だ。そこに生きる魚介類、私たちが「資源」と呼ぶ生き物たちも有限だ。

増やさずに捕り続ければ減っていき、いつかは絶える。

養殖が飽食の穴を埋めるには、しばらく時間がかかるだろう。

マグロやウナギだけではない。温暖化の影響もあらわになり、近海のスルメイカは記録的な不漁。熊野のサンマ、三河のアサリ、海ではないが琵琶湖のアユまでピンチという。日本の誇る魚食文化は明らかに曲がり角。もう乱獲と飽食は許されない。

たとえば「旬に味わう」というたしなみも、守ってこその食文化ではないのだろうか。

先人が文化にまで高めた豊かな「食」を次世代に伝え残すには、消費者の協力も欠かせない。
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[東京新聞] 「共謀罪」 危険な法制度はやめよ (2017年05月12日)

「共謀罪」の審議がヤマ場を迎えつつある。国際組織犯罪防止条約の締結のためなら現行法のままで十分だ。テロ防止を掲げる法案の狙いが反政府の活動などの監視なら、あまりに危険だ。

国連の条約はマフィア対策のために各国が手を結ぼうという趣旨である。マネーロンダリング(資金洗浄)や人身売買、麻薬取引など金銭目的の犯罪を主眼としている。テロ対策ではない。

過去三回にわたって政府が共謀罪法案を国会提出したときもテロ対策としなかったのは、そうした理由からだ。しかも、国連の立法ガイドは「自国の国内法の基本原則に従って必要な措置をとる」ことを認めていると読める。日弁連もそう解している。

日本の基本原則とは、既遂の処罰である。話し合っただけで処罰される共謀罪などは、日本の刑事法の原則とは全く相いれない。とはいえ、日本でも重大犯罪については、未遂や予備、陰謀などの段階で処罰できる。もちろん、マフィア、暴力団対策の法整備が整っていることはいうまでもない。

だから、現行法のレベルで十分、国連の条約を締結できるはずである。何が何でも「共謀罪」と推し進める政府の姿勢に疑問を感じざるを得ない。

もっと不思議なのは、本来はマフィア対策の法律なのに現政権が「テロ対策」と冠を付けたことだ。東京五輪・パラリンピックと結びつけ、国民の理解を得ようとする狙いが透けてみえる。

だが、テロ対策法がテロを防ぐ万能薬でないのは米国やフランスなど各国をみればわかる。それに日本はテロ防止に関する十三もの国際条約を締結し、ほぼ完璧な状態とされる。とくに二〇一四年に改正されたテロ資金提供処罰法によって資金や土地など利益の提供が包括的に処罰の対象になった。

つまり現在、日本ではほとんどのテロ目的の行為は処罰できるのである。今回の法案は共謀、計画段階と準備行為の段階で処罰できるようになる。だが、話し合いという共謀や現金自動預払機(ATM)でお金を下ろすなどの準備行為の現場をどのように捜査当局はつかむのだろうか。つまるところ、広く監視するしかなかろう。

対象は本当にテロリストなのか。政府は国会で「一般国民は対象にならない」と繰り返した。では反政府の活動をする団体の人々はどうなのか。何らかの法に反していたら。そうした人々を監視する道具にならないか心配する。
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2017年05月11日

[東京新聞] 先生の過重労働 しわ寄せは子どもに (2017年05月11日)

先生が疲れ切っていては、子どもたちへの目配りがおろそかになる。学校の“ブラック企業化”を食い止め、先生の心身のゆとりを取り戻さなくてはならない。教育者であり、労働者でもある。

公立小中学校の先生がいかに過酷な勤務を強いられているか。文部科学省の二〇一六年度の調査は、その実態を浮き彫りにした。

一週間あたりの教諭の平均労働時間は、小学校で五十七時間二十五分、中学校では六十三時間十八分に達している。

「過労死ライン」とされる月八十時間超の残業を余儀なくされている教諭は、小学校で三割、中学校で六割に及ぶすさまじさだ。

国を挙げて働き方改革が進められる中、公立校の先生は蚊帳の外に置かれている。残業の上限を規制し、健全な労働環境を守る法的枠組みを整えるべきだ。

最大の問題は、一九七一年制定の「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」だろう。残業代の請求訴訟が相次いだことを契機に、先生の給与や勤務のあり方を定めたのだ。

先生の仕事は自発性や創造性が期待され、働いた時間の長短で評価できない特殊なものとされ、時間外手当は出ない。代わりに、八時間分の勤務に相当する本給の4%が毎月一律に支給される。

つまり、残業そのものを原則として想定していない。一日七時間四十五分の所定の勤務時間をやりくりし、仕事を片づける建前になっている。たとえ授業の準備や部活動の指導、家庭訪問が長引いても、ボランティア扱いなのだ。

残業代を支払う必要がないので、学校は際限なく仕事を増やすことができる。しかも、先生の勤務時間を把握する意味合いは薄れるから、長時間労働が常態化しやすい。労働の無法地帯に等しい。

連合総研の調査では、タイムカードなどで出退勤時刻を記録する小中学校は一割程度にすぎない。

この法制度の欠陥はかねて指摘されてきた。なのに、国は人件費を抑制したいからか抜本見直しに踏み込まず、仕事の量と質のハードルを上げるばかりだ。

グローバル人材育成を目指すとして授業時間を増やす。いじめや不登校、発達障害には丁寧な対応を求め、地域や家庭との連携を促す。精神疾患で休職する先生は、高校を含め年間五千人に上る。

もはや先生の熱意や責任感に頼る精神主義では、教育現場の崩壊を招きかねない。そのしわ寄せを被るのは子どもたちなのだ。
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[東京新聞] 性的少数者 人権守る法整備急ごう (2017年05月11日)

同性愛や性同一性障害などの性的少数者(LGBT)が社会のさまざまな場面で差別に遭っている。性のあり方を理由にした人権侵害を禁じる仕組みが必要だ。当事者の声を聴き、法制化を急ぎたい。

「LGBT」という言葉がニュースなどで知られるようになった。

同性カップルに公的証明を発行する条例が二年前、東京都渋谷区でつくられたことなどがきっかけで、同様の条例は世田谷区や三重県伊賀市、那覇市などでもつくられた。

恋愛対象となる性は何か(性的指向)、自分の心の性(性自認)は人によって違う。

性のあり方は多様だという視点を取り入れ、施策に取り組む自治体は徐々に増えている。文京区は当事者が行政窓口や学校で差別的言動を受けないようにするため区職員や教員用の対応指針を作った。同性パートナーを持つ社員に結婚休暇や介護休暇の取得を認める企業もあらわれ始めた。

しかし、問題は命や尊厳にかかわる。自治体や企業の努力だけでは改善しきれない。やはり差別を禁じる理念を持った法が必要だ。

国連は二〇一一年に性的指向による差別問題に取り組む決議を採択し、五輪憲章にも一四年に「性的指向による差別禁止」が明記された。先進国では法整備が進んだが、日本ではまだだ。

二〇年の東京五輪開催を見据え、性的少数者の権利を考える超党派の国会議員連盟が一昨年結成された。当事者への理解促進にとどめるとの意見もあり、与野党で意見が対立、議論が止まっている。差別解消に実効性ある法案を早急にまとめてほしい。

民間団体が実施した調査では性的少数者の約七割が学校でいじめを受けており、三割が自殺を考えたことがあった。都内大学で同性愛者の学生が同級生に同性愛者であるとソーシャルメディアで暴露された後に自殺したのはあまりに痛ましい。

当事者の多くは小中学生の頃に自分の性について気づいているが、性的少数者のことは学校でも教えられない。「思春期には異性を意識するようになる」という教え方では不十分で、むしろ誤りだ。偏った教え方は当事者を疎外する。

当事者の電話相談を受ける「共生社会をつくるセクシュアル・マイノリティ支援全国ネットワーク」の原ミナ汰さんは「相談の八割は個人の問題でなく、人間関係によるものだ」と分析する。問題から目をそらしてはいけない。
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2017年05月10日

[東京新聞] 韓国大統領に文在寅氏 「核危機」回避が使命だ (2017年05月10日)

韓国大統領選で野党の文在寅候補が当選確実になった。北朝鮮の核、ミサイル開発による東アジア危機の回避が、内外とも最も重要な使命になる。

文氏が率いる次期政権で注目すべき課題は三点になろう。

まず、朴槿恵前大統領の罷免、逮捕によって混乱する韓国政治を早く安定させること。

併せて、北朝鮮の暴走に歯止めをかけるという差し迫った課題がある。既に抑止に動きだした米国さらに中国との政策調整を進めなくてはならない。そして、冷えこんでいる日韓関係の立て直しだ。


◆多様な意見に耳傾けよ
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朴前大統領は財閥企業との贈収賄、友人を国政に関与させた職権乱用などで弾劾、罷免された。

文氏はかつて人権派弁護士として活動し、二〇〇〇年代には盧武鉉政権で大統領秘書室長など要職を務めた。公正で透明性が高い政治の実現を訴え、金銭面でも清潔だと評価される文氏の勝利は、不正との決別を願う韓国社会の熱気を反映したものだと言えよう。

韓国は経済成長が鈍化する一方で、少子高齢化が急速に進む。大企業に富が集中し、競争力を持つ中小企業が育たない。若者は就職難で、結婚も諦めるしかないという不安が広がる。

文氏が属する「共に民主党」は学生運動や市民団体出身者が多くリベラル左派とされ、財閥中心の経済構造を改めて社会格差をなくすと約束する。だが、現実の韓国社会は保革両極論では割り切れないほど複雑化している。文政権には保守との理念対立を和らげ、社会の多様な意見、価値観に耳を傾ける姿勢が必要だ。

与党になる共に民主党は国会の議席が単独過半数に届かず、法案可決では中道党派の協力が欠かせないという事情もある。


◆米中と政策調整急げ
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北朝鮮による「核危機」は深刻な段階に入った。米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発など脅威の高まりと、対応を誤れば朝鮮半島が戦場になりかねないという両面で考えるべきだ。

もし米国がICBM完成を阻止しようと先制攻撃をし、北朝鮮が反撃すれば、標的はまず韓国になるだろう。日本も含め東アジア全体に拡大する恐れも否定できない。韓国の次期政権は北朝鮮の核、ミサイル開発を止めるだけでなく、軍事衝突を防ぐため総力を挙げなくてはならない。

北朝鮮のミサイルを迎撃するため、米軍が韓国南部に配備した高高度防衛ミサイル(THAAD)システムも波乱含みだ。付属のレーダーの範囲を拡大すれば中国本土の軍事情報が流出すると、中国は配備に強く反対している。文政権は米中の板挟みで苦悩することになろう。

一方で、トランプ米政権は北朝鮮に強い軍事的圧力をかけ、中国は石炭輸入削減、さらに停止を公表するなど経済制裁を強めている。米中両国は今回初めて、北朝鮮の核とミサイルを抑止するために連携を強めたと言える。

韓国はむしろ好機と捉え、抑止に動く米中双方と連携すべきだ。文氏は早い時期に米中の両首脳と意見交換をし、政策調整を進める必要がある。

文氏はかつて盧政権の対北融和政策に関わった経緯もあり、南北対話の再開に積極的だ。韓国民にも、北朝鮮が対話に応じれば衝突の危険性が減るのではないかとの期待感もある。

しかし、北朝鮮は核開発を放棄しないと言い張り、各国が制裁で足並みをそろえる以上、対話再開には国際社会の理解を十分に取り付ける必要がある。

日韓関係も楽観はできない。文氏と側近、支持組織は歴史認識を重視し、日本側は「反日」姿勢が強まるのではないかと懸念する。最大の焦点は旧日本軍の慰安婦問題だろう。

日韓は一五年末、日本政府が十億円を拠出し、韓国が財団をつくって元慰安婦を救済する措置で合意した。文氏は合意には被害者の要望が反映されておらず、国民の七〜八割が反対しているとして、再交渉を求めている。


◆慰安婦合意の尊重を
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それでも、元慰安婦の平均年齢が九十歳近いことを考えれば、日韓合意は現実的で的確な判断だった。次期政権も尊重するよう強く求めたい。歴史問題で両国関係が冷えこんだままでは、北朝鮮の軍拡を抑える日米韓の連携にもマイナスだ。

一五年末時点の生存者四十六人のうち七割以上に当たる三十四人が、日本からの拠出金を受け取っている。本人や家族がどのような思いで日韓合意による措置に応じたのか、韓国政府はまず明らかにしてほしい。支援団体の主張や世論調査の結果は伝えられるが、当事者の本当の考えがはっきりわからないからだ。
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2017年05月09日

[東京新聞] マクロン氏当選 ノンにも耳を傾けよ (2017年05月09日)

仏大統領選で親EUを掲げたマクロン氏の勝利は世界的な自国第一主義の流れに歯止めをかけ、ひとまずEUの安定につながろう。新大統領は「取り残された人々」の疑念の声に応える責務がある。

「極右は嫌だが、銀行家(新自由主義)も嫌だ」−。街にあふれたスローガンは、今回の選挙の本質を物語るものだ。

得票率だけみればマクロン氏の圧勝だが実情は異なる。ルペン氏の得票率34%は極右勢力として現体制六十年の歴史で最大だし、全候補者に「ノン」の意思表示である白票の多さも過去に例がない。マクロン氏勝利はやむを得ない「消極的選択」と評された。

三十九歳のマクロン氏は高級官僚から投資銀行幹部に転じ、オランド政権では経済相を務めた。議員の経験は皆無で、自らの政治団体「アン・マルシュ(前進)」も昨年四月につくったばかりだ。

「左派でも右派でもない」といい、社会政策こそ移民や難民に寛容なリベラル派だが、経済政策は規制緩和推進など保守と変わらぬ新自由主義者である。

歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏は「新自由主義者がナショナリズム(自国第一主義)を養っている」と批判していた。

若者の四人に一人が失業など経済の低迷こそがフランスの最大課題だ。それは英国の欧州連合(EU)離脱やトランプ米大統領の誕生と同様、反グローバル経済や反自由貿易などの国民感情を生んだ。極右などポピュリズム勢力が伸長する土壌にもなった。

しかし、そうした「取り残された人々」に対し、マクロン氏も、またEUも説得力のある手だてを示せていない。

EUの統合深化を主張するならば、その先に国民はどんな恩恵が得られるのかをわかりやすく説かなければならない。

ドイツとともにEUを引っ張ってきた中核国フランスで離脱派が勝てばEU崩壊の危機もささやかれた。この結果は、幾多の戦乱や侵略を経験した欧州人が平和の安定装置として築いたEUを守ろうと、安易に極右には勝たせない意志を示したといえよう。

新大統領の最初の試練は六月の国民議会(下院)選挙である。ゼロからのスタートとなる「前進」が過半数を占めることができなければ、野党内閣との共存(コアビタシオン)を強いられ、難しい政権運営となる。

分断状態の国民を結集させられるか、私たちも注目したい。
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[東京新聞] 首相の改憲発言 9条空文化は許されぬ (2017年05月09日)

真の狙いはどこにあるのか。安倍晋三首相が憲法九条を改正し、自衛隊の存在を認める条文を加えることに意欲を示したが、戦争放棄と戦力不保持の理念を空文化する改正なら、許してはならない。

首相は日本国憲法施行七十年の節目に当たる三日、東京都内で開かれた憲法改正を訴える集会にビデオメッセージを寄せ、「二〇二〇年を、新しい憲法が施行される年にしたい」と表明した。

改正項目に挙げたのは現行九条の一、二項を残しつつ、三項を設けて自衛隊の存在を明記すること、高等教育を含む教育無償化を規定することの二点である。

九条に三項を加えるなどの「加憲」案は公明党がかつて理解を示していた主張。教育無償化は日本維新の会の改憲案に盛り込まれており、改憲実現に向けて両党の協力を得る狙いがあるのだろう。

とはいえ、この内容からは憲法を改正しなければ対応できない切迫性は感じられない。

政府は自衛隊について、憲法が保持を禁じる戦力には当たらず、合憲との立場を貫いてきた。

首相は改正を要する理由に憲法学者らによる違憲論を挙げたが、ならば首相もそうした学者らと同様、自衛隊違憲の立場なのか。

自衛隊の存在はすでに、広く国民に認められている。必要がないのに改正に前のめりになるのは、別の狙いがあるからだろうか。

自衛隊の存在を明記するだけと言いながら、集団的自衛権の限定なしの行使を認めたり、武器使用の歯止めをなくすような条文を潜り込ませようとするのなら、断じて認められない。

教育無償化も同様だ。無償化には賛成だが、憲法を改正しなくても、できることは多い。そもそも旧民主党政権が実現した高校授業料の無償化に反対し、所得制限を設けて無償化に背を向けたのは安倍自民党政権ではなかったか。ご都合主義にもほどがある。

憲法は主権者たる国民が権力を律するためにある。改正は、必要性を指摘する声が国民から澎湃(ほうはい)と湧き上がることが前提のはずだ。

首相の発言は国民の代表たる国会で進められている憲法審査会の議論にも水を差す。自民党総裁としての発言だとしても、首相に課せられた憲法尊重、擁護義務に反するのではないか。

そもそも東京五輪が行われる二〇年と憲法改正は関係がない。内容は二の次で、自らの在任中の改正実現を優先するのなら「改憲ありき」の批判は免れまい。
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2017年05月06日

[東京新聞] 長官選後の香港 社会の亀裂修復急げ (2017年05月06日)

香港で反中国派の立法会(議会)議員らの逮捕が相次いでいる。七月には初の女性行政長官が誕生するが、「一国二制度」は大きく揺らいでいる。深刻化した社会の亀裂の修復が急務である。

香港では三月の行政長官選で中国が支持した前政務官の林鄭月娥氏が当選し、英国からの返還二十周年となる七月一日に就任する。

気になるのは、長官選後に二〇一四年の民主化運動「雨傘運動」を率いた議員や学者ら九人が香港警察に逮捕され、民主派に対する抑圧がより強まっていることだ。

四月中旬には香港独立を訴える議員が、立法会で中国の国旗を逆さまにしたとして国旗侮辱容疑などで逮捕された。

長官選では「北京の代理人」と批判された林鄭氏だが、当選後の会見では「言論の自由を守り、人権を尊重する」と香港市民に約束したはずである。

軍事と外交以外の香港の「高度な自治」は国際公約であり、香港の憲法にあたる香港基本法には最終的な普通選挙の導入が規定されている。

だが、近年の中国の過度な香港干渉は「一国二制度」を形骸化させ、親中派と反中派の対立を激しくしただけでなく、過激な「香港独立派」すら台頭させた。

林鄭氏は就任後、社会の亀裂を早く修復し、民意に耳を傾けて、民主派の立候補も排除しない選挙制度の導入に努力すべきだ。

返還二十年の記念式典に合わせ、中国の習近平国家主席が就任後初めて香港入りするという。

立法会議員らの逮捕が式典などでの民主派の抗議行動を封じ込める狙いがあるなら、雨傘運動抑圧の混乱で投資先が逃避するなどし傷ついた国際金融センターとしての香港にさらに打撃を与えることになろう。

習政権は最近とみに共産党の指導を徹底させる強権政治を露骨にしている。習氏は北京、上海両市長をはじめ主要ポストに自身の地方勤務時代の部下などを抜てきし側近政治も強めている。北京では四月、スパイ行為の通報を奨励する規定が制定され、社会は息苦しさを増している。

だが、香港は民主の拠点としてこそ輝いてきた。中国が大陸流の強権統治を押しつけるのは、その輝きをそぐことにならないか。五十年不変とした「高度な自治」の枠内で政治改革を認めてこそ、香港の繁栄が保てることを忘れてほしくない。
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[東京新聞] 日銀審議委員 反対票が消える危うさ (2017年05月06日)

政府は七月に任期を終える日銀審議委員二人の後任を決め、国会に提示した。これで政策決定に携わる同委員六人すべてが安倍政権下の任命となる。リフレ派ら「賛成派」ばかりなら危うくないか。

安倍政権誕生に伴い、日銀総裁は白川方明(まさあき)氏が辞任、黒田東彦(はるひこ)氏が就任して四年余り。新旧の総裁をもじりオセロゲームにたとえるなら、白から黒へすべての石がひっくり返ったことになる。今回は特に象徴的な意味合いがある。

それというのも、退任する木内登英氏(野村証券金融経済研究所チーフエコノミスト)と佐藤健裕氏(モルガン・スタンレーMUFG証券チーフエコノミスト)は政策決定会合で総裁案に異を唱えることが多かったからだ。

二人は、二〇一三年四月の異次元緩和の導入には賛成したが、その後は(1)追加緩和(一四年十月)(2)マイナス金利導入(一六年一月)(3)追加緩和(同年七月)(4)長短金利操作の導入(同年九月)−にことごとく反対。決定会合は多数決制のため、二人が厄介な存在だったのは確かだろう。

だが「二年で2%の物価上昇」という目標は四年たっても達成できていない。巨額の国債を購入する緩和策を長期間続けているが、景気回復で金利が上がっていけば財政赤字が急拡大するなどリスクは高まる。こうした現状や副作用を考えれば、反対票を投じた二人が間違いだとは到底いえまい。

決定会合が異論も出ず、総裁案の追認機関となるなら危険だ。

さらに大きな問題がある。後任の片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員)と鈴木人司氏(三菱東京UFJ銀行取締役)について、鈴木氏はともかく片岡氏は金融緩和に積極的な「リフレ派」の論者で知られている。

だがリフレ派が主張した「デフレは貨幣現象であり、(量的緩和で)貨幣供給量を増やせば物価は上がる」との言説はどうだったか。異次元緩和の理論的支柱だった浜田宏一内閣官房参与(エール大学名誉教授)は昨秋、自らの理論が正しくなかったことを認め、「転向」まで口にした。

リフレ政策の行き詰まりが明らかな中で片岡氏の人選は疑問だ。日銀は昨年九月の総括検証でマネーの量から金利重視に移るといいながらリフレ派にも配慮して量も続けている。そんなぶれた政策では、ますます信頼が失われることを日銀・政府は肝に銘ずべきだ。
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2017年05月05日

[東京新聞] こどもの日に考える ボイメンのつくりかた (2017年05月05日)

ウソがホントを蹴散らすような、おかしな時代。「大丈夫、信じていいよ」と断言できる大人でいたい。こどもの日。健やかな未来を願う、おとなの日。

「大人を信じていいの?」−。

千葉女児殺害・遺棄事件を報じる新聞の見出しが、わが身に突き刺さるようでした。

識者は語る。「人を信じることをやめないで」「信頼できる大人は常に近くにいます」

そうに違いありません。でも、どこに。

学生時代にはやった歌を思い出しました。

♪なんて悲しい時代に生まれてきたんだろう/信じれるものが何ひとつないけれど/せめてお前だけは…。

永井龍雲さんの「悲しい時代に」。悲しい時代は、未来に続いていくのでしょうか。

心が折れそうになる中で、ふと目に付いたのが、一冊の本の表紙の写真。タイトルは「夢は叶(かな)えるもの!−ボイメンを創った男−」です。イケメン男子に囲まれて、映画スターのジャッキー・チェンを少しごつくしたようなオジサンが、屈託なく笑っています。まるで本物の子どものように。

ボイメンを見いだし、育てたプロデューサーの谷口誠治さん(57)。その笑顔に、なぜか会いたくなりました。


◆ともに見る夢がある
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ボイメン。「BOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン)」は、東海地方出身、在住の男子ばかり十人からなるアイドルユニット、つまりグループです。

七年前に名古屋で結成。昨年暮れに発売されたアルバムが、初登場でオリコン・チャート一位を獲得し、レコード大賞新人賞を受賞した。年明けには、日本武道館の単独ライブを成功させました。

もはや押しも押されもしない全国区。ジャニーズ系と人気を争うようにさえなった。それでも彼らも谷口さんも、東京に拠点を移すつもりはありません。

「名古屋から全国、そして世界へ」。それが彼らと谷口さんが、ともに見る夢だから。「ありえへん」と言われ続けた夢だから。

単刀直入に、聞いてみました。

「どうすれば、信頼される大人になれますか」

谷口さんは少し困ったような顔をしながら、丁寧に答えてくれました。

「“一緒に夢をかなえようぜ”。そんな思いを強く持つ大人がいることを、まず見せなあかんと思うています。あとさきなしにゴールに向かって走る姿勢を、ぼくが最初に示す。ビジネスなんかあと回し。思いをきちんと伝えられれば、信頼のきずなも見えてくる。不言実行あるのみです」

若い世代に大人の夢を押しつけない。夢をかなえる手段にしない。今はやりの「寄り添う」ではなく、同じ地平にともに立ち、ともに大地を踏み締める。一歩も二歩も先を行く、大人としての気概を見せる。

昨年秋、かつて、プロのローラースケーターだった谷口さんは、ボイメンの主演映画のヒット祈願と武道館ライブのPRのため、東京−名古屋三百六十キロを、インラインスケートで走破した。

「夢はかなう。かなわないのはすべて自分に原因がある。そう思うと力がわいてくるんです」と、谷口さんは笑います。

大阪出身の谷口さんは、こんなことも言っています。

「ぼくの原点は、寛美さん」

藤山寛美。松竹新喜劇を率いて関西から東京へ攻め上り、日本中を笑いに包んだ不世出の喜劇王。

笑わせて、ほろりとさせて、幕切れはハッピーエンドの人間模様。「あんさんも、おきばりやす」と、元気をくれた。

小学二年の谷口少年も「こんなおもろい大人になりたいなあ」と憧れた。


◆おもしろい大人になる
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そうだ。信頼できる大人の不在を嘆くくらいなら、自分自身がそんな大人になればいい。ボイメンを創る人にはなれずとも、次の世代に伝えていきたいものが、誰にでも一つや二つはあるはずです。

“昭和の不言実行”が、“平成の子どもたち”にも、おしなべて通用するかどうかはさて置いて、とりあえず“私自身”の思いをのせて、こいのぼりを揚げてみよう。五月の風に泳いでみよう。
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2017年05月04日

[東京新聞] 憲法70年に考える 大島大誓言が教えるもの (2017年05月04日)

終戦後の一時期、日本から切り離されようとした伊豆大島で「暫定憲法」がつくられました。その基本原理は立憲主義と主権在民、そして平和主義です。

当時の伊豆大島の島民には「寝耳に水」だったことでしょう。

終戦翌年の一九四六年一月二十九日、連合国軍総司令部(GHQ)は日本政府の行政権限が及ぶ範囲を北海道、本州、四国、九州とその周辺の島々に限定する覚書を出しました。

北方四島や沖縄、奄美群島、小笠原諸島などが日本政府の管轄圏外とされましたが、その中に伊豆の島々が含まれていたからです。


◆平和主義と、主権在民と
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その一方、伊豆諸島の大島については沖縄や奄美、小笠原など、ほかの島しょ部とは違い、米軍による軍政が敷かれないことも明らかになります。当時の島民にとって残された道は、日本からの「独立」しかありませんでした。

覚書からほどなく、当時、大島島内にあった六村の村長らが集まり、対応策を協議します。

そこで出した結論が、島民の総意で「暫定憲法」に当たる「大誓言」を制定して議員を選び、その議員で構成する議会が、憲法に当たる「大島憲章」を制定する、というものでした。

大誓言は存在のみ分かっていましたが、長年不明のままでした。現在の東京都大島町の郷土資料館の収蔵庫からガリ版刷りの全文やメモなど当時の資料が見つかったのは九七年のことです。

大誓言は趣旨を記した前文と、政治形態に関する二十三の条文から成っています。まず注目すべきは、前文で平和主義をうたっていることでしょう。

<よりて旺盛なる道義の心に徹し万邦和平の一端を負荷しここに島民相互厳に誓う>(現代仮名遣いに修正、以下同じ)


◆「立憲主義」精神の表れ
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そして、一条では<大島の統治権は島民に在り>と主権在民を掲げます。また、行政府である「執政府」の不信任に関する投票を、議会が有権者に求める「リコール制」も盛り込んでいます。

当時の日本政府が現行の日本国憲法となる「憲法改正草案」を発表したのが、この年の四月十七日ですから、現行憲法の姿が見える前に、その先を行く進取的な内容をまとめていたのです。

大誓言を研究する憲法学者で名古屋学院大現代社会学部准教授の榎澤幸広さんは「大誓言には権力を制限し、監視するという立憲主義の精神が表れています。この思想は近代憲法の一番重要な部分です」と評価します。

大誓言の取りまとめは、大島六村の一つ、元村村長で、「島の新聞」を発行する元新聞記者でもあった柳瀬善之助(一八九〇〜一九六八年)が中心となり、大工で共産党員だった雨宮政次郎(一九〇五〜五二年)、三原山に自殺防止のための御神火茶屋をつくった高木久太郎(一八九〇〜一九五五年)らが協力します。

では、彼らはどうやって暫定憲法をつくったのでしょう。

終戦後、本土では新しい憲法の制定を目指す動きが活発でした。四五年十一月には共産党の「新憲法の骨子」、十二月には民間の憲法研究会による「憲法草案要綱」が発表されています。

これらは新聞にも掲載され、大島にも船で届いていました。榎澤さんは「こうしたものを参考にした可能性はある」と話します。

しかし、それ以上に影響を与えたのが、離島という地理的な要因と戦争という時代的背景です。

大島のような離島では戦前「島嶼(とうしょ)町村制」が敷かれていました。本土の町村制とは違い、自治権や公民権を制限する差別的な制度です。本土で男子による普通選挙が導入された後も、納税額による制限選挙が続いていました。

また、戦時下や終戦直後の島民の生活は、食糧や生活物資に乏しく、苦しいものでした。

榎澤さんは、柳瀬らがこうした状況を「反面教師」として、平和主義や主権在民の「大島憲章」をつくろうとしたと推測します。


◆先人たちの気概に学ぶ
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大誓言は三月上旬にできましたが、二十二日にGHQ指令が修正され、伊豆の島々は五十三日目に日本の管轄圏内に復帰します。大島の独立は幻となり、大誓言はしばらく忘れ去られていました。

しかし、大誓言の存在は、明治から昭和にかけて数多くつくられた私擬憲法とともに、平和主義や主権在民が、日本人が自ら考え出した普遍的な結論であることを教えてくれます。決してGHQの押し付けなどではありません。

今、時の政権の思惑で改憲論議が活発になり、立憲主義が蔑(ないがし)ろにされつつあります。だからこそ、自ら憲法をつくろうとした先人たちの気概に学ばねばと思うのです。
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2017年05月03日

[東京新聞] 憲法70年に考える 9条の持つリアリズム (2017年05月03日)

日本国憲法が施行されて七十年。記念すべき年ですが、政権は憲法改正を公言しています。真の狙いは九条で、戦争をする国にすることかもしれません。

七十年前の一九四七年五月三日、東京新聞(現在の中日新聞東京本社)に憲法担当大臣だった金森徳次郎は書いています。

<今後の政治は天から降って来る政治ではなく国民が自分の考えで組(み)立ててゆく政治である。国民が愚かであれば愚かな政治ができ、わがままならわがままな政治ができるのであって、国民はいわば種まきをする立場にあるのであるから、悪い種をまいて収穫のときに驚くようなことがあってはならない>


◆「平和の一路に進む」
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金森は名古屋市出身で、旧制愛知一中(現旭丘高)、東京帝大法卒。大蔵省を経て法制局長官になっています。戦後、貴族院議員になり、第一次吉田茂内閣で国務大臣をつとめました。帝国議会ではこんな答弁もしています。憲法九条についてです。

<名実ともに平和の一路に進む態度を示しましたことは、画期的な日本の努力であると思う(中略)衆に先んじて一大勇気を奮って模範を示す趣旨である>

九条一項の戦争放棄は二八年のパリ不戦条約の眼目でした。だから、九条の驚きは、むしろ二項で定めた戦力を持たないことと交戦権の否認です。前述の金森の答弁はこれを「画期的」だと述べているのです。

日本国憲法の第一章の「天皇」に次いで第二章が「戦争の放棄」ですから、この憲法の中核のアイデンティティーであることが外形的にもうかがわれます。多くの条文を九条が根底から支えているとも言われています。

しかし、新憲法に対しては、当時から不満の声が一部にありました。とくに旧体制の中枢部にいた人たちからです。


◆法の枠が崩れていく
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天皇に政治的な権力がないことを嘆いていたのです。だから「山吹憲法」とか「避雷針憲法」とか軽蔑的な呼び方をしました。山吹とは室町時代の武将・太田道灌の「実の一つだになきぞかなしき」の故事になぞらえています。避雷針は雷が天皇に落ちないように避ける手段だと読んだのです。

もちろん「押しつけ憲法」という声もいまだにあります。でも、新憲法案が七十年前、帝国議会の衆議院でも貴族院でも圧倒的な大多数で可決されていることを忘れてはなりません。衆議院では賛成四百二十一票、反対八票、これが議会での現実だったのです。

九条も悲惨な戦争を体験した国民には希望でした。戦争はもうこりごり、うんざりだったのです。かつて自民党の大物議員は「戦争を知る世代が中心である限り日本は安全だ。戦争を知らない世代が中核になったときは怖い」と言っています。今がそのときではないでしょうか。

集団的自衛権の行使容認を閣議で決めたときは、憲法学者らから法学的なクーデターだという声が上がりました。九条の枠から逸脱しているからです。安全保障法制もつくりましたが、これで専守防衛の枠組みも崩れました。でも、改憲派がもくろむ九条を変えて、戦争をする国にすることだけは阻止せねばなりません。

何しろ今年は日中戦争から八十年の年にもあたります。勃発時には参謀本部内では戦争の不拡大を主張する意見もありましたが、主戦論にのみ込まれ、それから八年もの泥沼の戦争に陥りました。相手国は百年たっても忘れない恨みであることでしょう。

それなのに一部は反省どころか、ますます中国と北朝鮮の脅威論をあおり立てます。同時に日米同盟がより強調され、抑止力増強がはやし立てられます。抑止力を持ち出せば、果てしない軍拡路線に向かうことになるでしょう。

実は九条が戦後ずっと軍拡路線を防いでいたことは間違いありません。それも崩せば国民生活が犠牲になることでしょう。

戦後、首相にもなったジャーナリストの石橋湛山には、こんな予言があります。


◆軍拡なら国を滅ぼす
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<わが国の独立と安全を守るために、軍備の拡張という国力を消耗するような考えでいったら、国防を全うすることができないばかりでなく、国を滅ぼす>

これが九条のリアリズムです。「そういう政治家には政治を託せない」と湛山は断言します。九条の根本にあるのは国際協調主義です。不朽の原理です。

国民は種まきをします。だから「悪い種をまいて収穫のときに驚くようなことがあってはならない」−。金森憲法大臣の金言の一つです。愚かな政治を招かないよう憲法七十年の今、再び九条の価値を確かめたいものです。
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2017年05月02日

[東京新聞] 初の米艦防護 本当に必要な任務か (2017年05月02日)

稲田朋美防衛相が自衛隊に「米艦防護」を初めて命令した。米国と北朝鮮との軍事的緊張が高まる中、日米の連携強化を誇示する政治的な意味合いが強く、本当に必要な任務なのか、疑問が残る。

米艦防護は自衛隊が平時に米国の艦艇などを守る「武器等防護」の活動で、安倍政権が成立を強行し、昨年三月に施行された安全保障関連法に基づく新しい任務だ。

海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」がきのう、横須賀基地(神奈川県)を出港し、東京湾を出た太平洋上で米海軍の補給艦と合流。四国沖まで一緒に航行して護衛する、という。

米艦防護活動中に、米軍への攻撃や妨害行為があった場合、阻止するための武器使用が認められているため、自衛隊が紛争の引き金を引きかねない任務でもある。

とはいえ、今回の米艦防護は、軍事的合理性よりも政治的な思惑が先行している感が否めない。

一つは、東アジアの軍事的緊張には米軍と自衛隊が共同で対処するというメッセージである。

弾道ミサイル発射を繰り返し、核開発を進める北朝鮮をけん制するだけでなく、東アジアで軍事的存在感を増している中国やロシアにも向けられているのだろうが、日米連携をことさら強化することは、逆に東アジアの緊張を高めることになりかねない。

もう一つは日本の軍事的役割を強化する安倍政権の狙いである。

米補給艦は、米原子力空母カール・ビンソンを中心とする空母打撃群などが展開する朝鮮半島沖へ向かうとみられるが、「いずも」が護衛するのは四国沖までだ。

北朝鮮が太平洋側で米艦を攻撃する能力を持っている可能性は低く、他の国やテロ組織による米艦攻撃も想定しづらい。

そもそも必要性に乏しい米艦防護に踏み切った背景には、憲法学者ら多くの専門家が憲法違反と断じた安保法を既成事実化し、自衛隊と米軍との軍事的一体化を加速する狙いがあるのだろう。

北朝鮮の挑発行動に、米トランプ政権は軍事攻撃を含む「あらゆる選択肢が机上にある」としているが、安倍政権がすべきは米国に同調して軍事的圧力を強めることではなく、緊張緩和に向けて関係国に対し、対話や国際協調を粘り強く働き掛けることだ。

「日米同盟」の誇示でなく、外交努力を尽くすこと。それが、武力による威嚇や武力の行使を、国際紛争の解決手段としては永久に放棄した日本の役割である。
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[東京新聞] 「北」の核と韓国 抑止とともに対話探れ (2017年05月02日)

北朝鮮の軍事力の脅威に直面するのが韓国だ。軍事境界線からソウル中心部まで、直線で四十キロ足らず。朝鮮半島で緊張が高まり、大統領選を九日に控えた今こそ、当事国の対応を注視したい。

四月のソウルは平静だった。北朝鮮がミサイルを三回発射したが早朝でもあり、市民が建物や地下道に駆け込むことはなかった。地下鉄やバスも通常運転で、避難訓練の回数も増えていない。

市民の多くは「北の脅威はずっとあるから、怖がっても仕方がない」と言う。それでも、中国の団体客が激減し、日本の観光客のキャンセルが出ている。「こんな状態がいつまで続くのか」という重苦しさはあった。

定例の米韓合同軍事演習は三十日に終了したが、米空母「カール・ビンソン」は朝鮮半島近海に数日とどまるという。トランプ米政権は北朝鮮に、軍事力を背景にした強い圧力をかけ、中国は制裁強化へとかじを切った。

韓国内には核武装した北朝鮮とは絶対に共存できない、武力を行使しても阻止すべきだという主張がある。逆に、戦争は避けるべきだ、時間がかかっても米国や中国も加わった交渉により核放棄を迫るしかないとの意見がある。大統領選でも論戦が続く。

「北朝鮮か米国のどちらかが先制攻撃をすれば、大規模な衝突に発展し、東アジア全体に被害が及ぶ。朝鮮半島を戦場にしてはならない」(柳吉在・元統一相)という考えを多くの韓国民が共有するが、解決策がすぐには見つからないのが厳しい現実だ。

大統領選では野党の革新系候補が優勢で、やはり野党の中道候補が対抗馬とみられる。どちらが勝利しても、軍事的な圧力と制裁によって北朝鮮を抑止しながら、対話の再開を探ることになろう。

米国や日本から見る北朝鮮問題とは核とミサイル、拉致を含む人権問題だろう。だが、韓国にはもうひとつ、北朝鮮との南北関係がある。将来の統一を見据えて、韓国の経済、財政力をどうつけていくか、北朝鮮側にどうやって改革、開放を促していくかなど、対話と交流を組み合わせた総合的な政策だ。

韓国の次期大統領は南北対話を模索しながら、米国や中国、さらに日本に対しても、北朝鮮を交渉のテーブルに着かせるために連携を呼び掛ける責務がある。核とミサイル開発に歯止めをかけるには圧力が必要だが、解決への道を開くのは外交の役割になる。
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2017年05月01日

[東京新聞] 北陸新幹線 外国人誘う「新黄金道」 (2017年05月01日)

北陸新幹線は敦賀−新大阪ルートが決まり、整備計画から四十四年かかって全ルートが確定した。しかし肝心な財源がなければ着工できない。沿線自治体には早期開業につなぐ戦略が求められる。

北陸新幹線は一九九七年に東京−長野、二〇一五年に長野−金沢が開業、二三年に敦賀延伸が予定される。昨年末に敦賀以西ルートが京都まで決まり、新大阪までが京都南部の京田辺市を通る「南回り」で決着した。

同市付近に新駅を設け、大阪、奈良にまたがる関西文化学術研究都市への利便性を図るのは京都府の意向を尊重した政治判断だ。「北回り」支持の沿線自治体が「南回り」を受け入れたのも財源確保へ議論を急がねばならないからだ。

整備新幹線の財源はJRが国に支払う施設使用料を除いた額を国と地方が二対一で負担している。

地方負担をめぐり、府域の大半がトンネルとなる京都府が、レールの長さに応じて算定する現ルールの見直しを求めている。ルートから外れた滋賀県は、湖西線が並行在来線となることに反対している。関西広域連合で議論を始め、統一見解を示してほしい。

さて、大きな壁は総事業費二兆一千億円をどう確保するかだ。

国土交通省によると、毎年七百五十五億円を計上する国費は現状、北海道新幹線札幌開業の三〇年度末までしか確保されていない。国は敦賀以西を三一年度着工、四六年度完成と想定するが、今から三十年後の全線開業では到底受け入れられない。

想定を前倒しするには国費の積み増しとともに、現行の財源計画を延長または見直す政治判断が必要となる。それには国民が納得する根拠が求められよう。沿線自治体は戦略を絞る必要がある。全線開業の経済効果として見込めるインバウンド(外国人旅行客)の増加をもっとアピールすべきだ。

日本観光の王道は、東京−箱根−富士山−京都・大阪のゴールデンルートだ。しかしモノからコト消費に変わり、訪日外国人のニーズも多様化し、北海道のスキー、四国のお遍路、沖縄のマリンスポーツに人気が出ている。

外国人にとって東京、京都・大阪と比べれば、経由する北陸の認知度はまだまだ低い。雪と戯れ、温泉につかり、立山連峰と日本海を展望し、金沢の伝統文化を体験する。これを新ゴールデンルートとして売り込みたい。経済波及効果が大きいインバウンド増への近道が、北陸新幹線の全線開業だ。
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[東京新聞] 子どもの自殺 SOSに気づきたい (2017年05月01日)

ゴールデンウイーク(GW)中は、子どもをよく見守りたい。連休明けに自ら命を絶つ子が増える傾向にあるからだ。SOSを発していないか。信頼される大人でいるか。社会の意識を高めたい。

二年前、過去四十年間余りの十八歳以下の自殺者数を調べた内閣府は、学校の長期休業明けに大きな山を描くと警鐘を鳴らした。

突出して高かったのが夏休み明け、次に春休み明け、そしてGW明けだった。いま一度、危うい季節を心に留めたい。

昨年五月のGW明けにも、東京都内の駅のホームで悲劇があった。中学二年の女子生徒二人が一緒に電車に飛び込んだ。二人のかばんには人間関係の悩みを記したメモが残されていたという。ともに演劇部に所属する友人だった。

連休中はストレスから解放されるものの、日常生活に戻るころは、その反動で心に大きな負荷がかかりやすいと考えられている。無限の可能性に満ちた子どもの自殺ほど痛ましいものはない。

日本の自殺者数は、全体では減っているのに、小中高校生では減る兆しが見られない。警察庁の統計では、毎年三百人前後で推移し、昨年は三百二十人に上った。

厚生労働省によれば、十〜十四歳の死因は、自殺が男子では一位、女子では二位。十五〜十九歳の死因は、自殺が男女のどちらも一位。子どもにとっていかに生きづらい社会かが分かる。

昨年の小中高校生の自殺の背景にはどういう問題があったか。よく注目されるいじめは、原因としては目立たなかった。大きな割合を占めたのは、学業不振や進路に関する悩み、親子関係の不和、家族からのしつけや叱責(しっせき)だった。

素朴な疑問が浮かぶ。学校の成績という物さしでしか評価されず、将来の希望さえ否定され、居場所を失ったのではないか。もちろん、多様な要因が絡み合って追い込まれるのだが、逃げ場がないと思い込んでしまうのだろう。

日本の子どもの自己肯定感は、諸外国に比べて低いと指摘されて久しい。自分には生きる価値がないと感じる子が多いのは、やっぱり大人社会の責任だ。

自殺とうつ病の関係は深い。ふだんと違う著しい行動や性格の変化がもしも表れたら要注意だ。

言葉に出して心配していることを伝える。死にたいと思っているか率直に尋ねる。絶望的な気持ちを傾聴する。安全を確保する。日頃から対応の原則を学び、子どもの信頼を勝ち得ておきたい。
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2017年04月30日

[東京新聞] 週のはじめに考える 杉山さんが生きている (2017年04月30日)

「空襲被害者」援護の法制化に向け、法案の素案が決まるなど政治の動きが急です。見えない力でその背中を押しているのは…。やはりあなたですか。

名古屋市東部、住宅地の真ん中に広がる千種(ちくさ)公園(約六ヘクタール)の辺りはかつて、旧名古屋陸軍造兵廠(しょう)の工場跡地でした。先の大戦中、軍需産業の一大拠点だった名古屋市は、米軍のひときわ激しい空襲を受けて街は壊滅、約八千人が死亡、一万人超が負傷しました。


◆名古屋から始まった
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公園の片隅には、空襲の爆撃によって、拳大の穴が幾つも開いた造兵廠外塀の一部が古びたまま移設されています。同じ一角で、輝きを放っていたのは真新しい白板の石碑(高さ約二メートル)でした。

二〇一四年、名古屋市が建てた「民間戦災傷害者の碑」です。

碑文の一節にはこうあります。

<(空襲で)死傷した民間人も国が援護すべきという運動は、昭和四十七年、全国戦災傷害者連絡会(全傷連)により、ここ名古屋から始まった。一方、名古屋市は平成二十二年に「民間戦災傷害者援護見舞金」制度を設け、独自の援護を開始した。>

二年半前の除幕式には、あの杉山千佐子さんの姿もありました。名古屋空襲で左目を失うなどの障害が残る身で、長く全傷連会長として運動を率いた人です。昨年九月、百一歳で亡くなりました。

同じ戦災でも「国との雇用関係があった」旧軍人や軍属、その遺族には恩給や年金が支給されるのに、空襲などでの民間戦傷者に国の補償がないのはおかしい−。杉山さんたちの国に援護法制定を求める運動は、司法や政治の冷徹な壁に幾度となく阻まれ、長く膠着(こうちゃく)してきました。杉山さんはそれでも、全国の集会を車いすで巡っては声をあげ続け、最後まで反戦の執念に貫かれた生涯でした。


◆国に先駆け公に認定
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その死去からまだ半年余の短い間に、三十年近く途絶えていた政治の動きが、にわかに勢いづきました。援護法を目指す超党派の国会議員連盟(空襲議連)が、法案の今国会提出へ準備を加速させていることです。先週の議連総会では法案の素案も決定しました。

この急展開。まるで杉山さんが現世に残した執念の力に、突き動かされているようでもあります。何より杉山さんの百歳を超えての死去が、被害者の高齢化を受けて「急がねば」と議員たちの危機感に火を付けました。

そして、これも杉山さんとの因縁か。議連が法案作りの手本にと着目したのが名古屋市の制度だったということです。公園の碑文にもあった援護見舞金です。

全傷連の地元でこそ芽生えたこの制度の眼目は、援護すべき「民間戦災傷害者」の存在を国に先駆け、公に認定したことでしょう。見舞金は年二万六千円でも、杉山さんは「金額の問題ではなく、認められたことが本当にうれしい」と感極まった様子でした。

でも、それはまだ入り口でしかなかったはずです。杉山さんたちにとっての出口、つまり最終的に認定を引き出すべき相手は、あくまで戦争を引き起こした張本人の「国」だったからです。

こんな一幕がありました。

二〇一〇年の秋、杉山さんが見舞金の受給資格の認定書を市長から受けた時のやりとりです。

国会議員時代から全傷連の運動に共感し、活動してきた河村たかし市長が「本当は総理になって全国でやれるとよかったのだけど」と話すと、九十五歳の杉山さんは「最近は(右)目がほとんど見えなくなり転んでばかりいますが、援護法の制定に向け、あと五年は頑張りたい」と。やはり国を動かすまでは死にきれない。その一念だったのでしょう。

この二月、空襲議連は名古屋市の担当者を招き、見舞金制度について説明を聞きました。それらを踏まえて結局、議連が今回決めた素案の骨格も、見舞金と同様、援護の対象を「障害などが残る人」に絞り込む“名古屋方式”で決着したのです。杉山さんたちが切り開いた見舞金の入り口から、国の援護法という出口へ。長いトンネルの先にやっと貫通の明かりが見えてきたということでしょう。


◆勢いが今あるうちに
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あとは各党内の調整を経て法案提出への流れですが、ここで国会運営などの駆け引きに紛れ、法案の扱いが後回しにされるようなことは、もはや許されません。あまり時間がない高齢の被害者たちにとって、今回の動きは悲願達成への「最後の機会」です。

杉山さんたちに後押しされた勢いが今あるうちに、今国会で成立させなければ、政治が超党派で取り組んだ意味さえなくなります。杉山さんの反戦にかけた生涯を、歴史に生かすためにも、そうしなければならないのです。
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2017年04月29日

[東京新聞] 昭和の日に考える さよなら人口1億人 (2017年04月29日)

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次の時代には、人口の減少が本格化します。戦争を挟んで一億人を超えるまで人口が増えた「昭和」を振り返りつつ、将来の社会の姿を考えてみます。

五十年後、日本の人口は三割減の八千八百八万人となる。そんな推計を国立社会保障・人口問題研究所が今月、公表しました。

五年前に出された前回の推計より、人口減少や高齢化の進み方はわずかに緩くなっています。それでも、わたしたちの社会の見通しが依然、厳しい状況にあることに変わりはありません。

推計の出発点になっているのは、総人口一億二千七百九万人余となった二〇一五年国勢調査の確定数です。推計結果に基づけば、この総人口は以後、長期の減少過程に入り、五三年には一億人を割り込んで九千九百二十四万人となるといいます。

人口が一億人を下回る時期は、四八年と見込んでいた五年前の推計に比べれば五年ほど後ずれしたことになります。とはいえ、大きく流れが変わる兆しは見当たりません。一億人を割る日は必ずやってくるということです。

日本の人口が一億人を超えたのは五十年前、一九六七(昭和四十二)年のことです。一億は、右肩上がりの昭和という時代を象徴する数字に見えます。

昭和に改元された一九二六年の人口は六千七十四万人でした。その後、人口は年八十万〜百万人のペースで増えていきます。


◆「オーナス」の時代へ
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ところが、三七年に日中戦争が始まると増加率が鈍り、三八、三九年の人口増は年四十万人に届いていません。

そこで、太平洋戦争が始まる直前、四一(昭和十六)年の一月には「昭和三十五年総人口一億を目標とす」という「人口政策確立要綱」が閣議決定されることになります。四〇年時点で人口は七千百九十三万人。年百四十万人のペースで人口を増やせ、という大号令でした。

もちろん、若い男性が次々と出征していく中、スローガン頼みで人口が増えるはずもなく、再び人口が増えていくのは終戦後、ベビーブームを迎えてからです。

こうして、目標だった昭和三十五年からは七年遅れで一億人を超え、昭和の終わりには一億二千三百万人を数えました。昭和という時代の間に、人口は倍になったわけです。

総人口に占める働き手の割合が上昇する「人口ボーナス」の恩恵に浴した昭和は遠くなり、これからは、一人の働き手にかかる負担が増えていく「人口オーナス(重荷)」の時代となります。

例えば、今回の将来推計人口によれば、二〇六五年には、一人の高齢者を現役世代一・三人で支える「肩車型」の社会構造になる見通しです。つまり、今までの人口規模を前提とした社会の仕組みを維持しようとすれば、どこかで行き詰まることになります。

安倍政権は「五十年後も人口一億人を維持する」という目標を掲げていますが、今回の将来推計人口が示すところ、残念ながら、非現実的な目標と言わざるをえないようです。

もちろん、子どもを産み、育てやすい社会を目指す努力は今以上に進めなければなりませんが、一世代、二世代のうちに出生数が大きく回復することは望めません。当面は、人口が減り続けることを前提に社会の将来像を考えねばならない、ということです。

一億人が暮らしうる大きな器を無理に用意する必要は、もうありません。必要なのは、むしろ、人口が大きく減った後にどんな社会を目指すか、という発想の転換ではないでしょうか。


◆縮小しても豊かな社会
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人口が減れば、国内総生産(GDP)の縮小は避けられないかもしれません。でも、一人当たりのGDPが増えていれば、個々人の生活は豊かになるはずです。

「高齢者」の考え方を変えることも現実的な課題です。高齢でも健康な人が増えています。六十五歳を過ぎても働ける人を現役世代並みに遇する社会にはできないでしょうか。

二十四時間営業などの過剰なサービスを見直し、労働力不足に対応する工夫も待ったなしです。

一億人を前提とした社会像は忘れ、人口減の現実に向き合い、コンパクトで充実した社会の将来像を探らねばなりません。
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2017年04月28日

[東京新聞] トランプ減税 またも頓挫するのでは (2017年04月28日)

トランプ米政権が公約とした大規模減税の基本方針を明らかにした。問題は世界一低い法人税だ。実現性も不確かだが、国際的な税引き下げ競争を招きかねず「自国第一主義」はあらためるべきだ。

わずか一ページの公表文である。政権発足して百日目となる二十九日を前に、実績づくりだけを急いだと思われても仕方あるまい。「史上最大の減税になる」(ムニューシン財務長官)と大風呂敷を広げたが、財源など詳細な制度設計は先送りされたままだ。

明らかになったのは、法人税を35%(カリフォルニア州の場合)から一気に世界最低となる15%に引き下げる。所得税は七段階ある税率区分をわずか三段階に簡素化し、基礎控除を二倍に広げることで中間層以下の減税を拡大するという。

とはいえ最高税率の引き下げ(39・6%から35%)や相続税の廃止など富裕層の恩恵がより大きく、格差拡大につながるとの指摘が強い。

法人税の大幅引き下げは、企業の国内回帰を促し、政権の金科玉条である雇用拡大に結び付ける狙いである。しかし、世界一の経済大国が最も低い税率に引き下げることの、世界の税制に与える影響は計り知れない。

世界の潮流は、スターバックスなど多国籍企業の税逃れを受け、国際協調で対処するBEPS(税源侵食と利益移転)行動計画などが始まっている。

自国第一主義はこうした協調的な流れに水を差すだけでなく、法人税の有害な引き下げ競争を誘発する恐れが強いのである。

もっとも米国の税制改正は議会が法案提出を担うため、政権の意向通りに実現するかは不透明だ。

この減税案だと十年間で四兆ドル(約四百四十兆円)以上もの税収が減ってしまいそうだ。税収確保のためとして、輸入に対し課税強化する「国境税」も国内の反対で導入を見送った。

政権は減税で成長が加速すれば税収は伸びると主張するが、財政規律に厳しい与党・共和党の理解を得られるとは思えない。オバマケアの廃止やメキシコ国境の壁建設に続き、この公約も「頓挫」するのではないか。

レーガン政権時以来、三十年ぶりの大改革という。だが、レーガン税制は一九九〇年代の好調な米国経済の礎を築いたとの評価もある半面、最大の副作用として財政赤字の膨張を招いた。同じ轍(てつ)を踏むことにならないだろうか。
posted by (-@∀@) at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする