2018年05月23日

[朝日新聞] 社会保障推計 給付と負担の再構築を (2018年05月23日)

年金、医療、介護などの社会保障給付費が2040年度に今の1・6倍の190兆円に達し、国内総生産(GDP)に対する比率は24%まで上昇する。政府がそんな推計を出した。

消費増税を決めた12年の「税と社会保障の一体改革」の際に、団塊の世代が全て75歳以上になる25年度までの社会保障の姿を示したが、その先は展望してこなかった。実は65歳以上の人口は25年度以降も増え、現役世代は減る。消費税率を10%まで引き上げれば制度はもう安心、という状況ではない。

今回の推計は、厳しい現実を直視する一歩だ。社会保障の給付と負担のあり方の再構築につなげなければならない。

高齢者人口がピークを迎える40年代に向けた「ポスト一体改革」の議論の必要性は、以前から指摘されていた。ところが安倍首相の2度にわたる消費増税延期で、「消費税を10%にするのが先決」と封印されてきた。

今回の推計は、そうした議論の出発点になり得る。

だが、来年の統一地方選、参院選をにらみ、与党内には負担増を口にするのを避ける空気が広がる。近く決定する骨太の方針にも、新たな財政再建目標のもとで社会保障費をどの程度まで抑えるのか、具体的な数値目標は書き込まない方向という。

社会保障の改革は中長期のテーマだとして、またも議論を先送りする口実に、今回の推計が使われるようなことがあってはならない。

今回示された給付費は、今の制度や、医療・介護の計画をもとに割り出したものだ。これを賄うために税金や保険料の負担を増やすのか、それとも給付の伸びをもっと抑える方策を考えるのか。検討が必要だ。

医療や介護の改革では、原則1割になっている75歳以上の医療費や介護保険の利用者負担を2割に引き上げる、軽度の医療や要介護度の軽い人向けのサービスを保険の対象から外すなどの改革が、すでに政府の審議会などで取りざたされている。実際にどこまで踏み込むのか。それによって税金や保険料の負担はどう変わるのか。負担と給付の全体像、選択肢を分かりやすく示すことが不可欠だ。

推計は、医療・介護現場の深刻な担い手不足も浮き彫りにした。人材確保のための処遇改善にも財源が必要だ。制度を支える働き手を増やすため、高齢者や女性が働きやすい環境を整える方策も進めねばならない。

合意の形成には時間がかかる。社会保障の議論からこれ以上逃げている余裕はない。
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[朝日新聞] 加計新文書 首相答弁の根幹に疑義 (2018年05月23日)

安倍首相の国会答弁の信憑(しんぴょう)性にかかわる重大事態だ。

加計学園の問題をめぐり、愛媛県が新たに国会に提出した一連の文書の中に、首相と加計孝太郎理事長が2015年2月25日に面会し、獣医学部新設についてやりとりを交わしていたと記録されていた。

首相はこれまで、学部新設を知ったのは、正式に決まった17年1月だと繰り返してきた。県の文書が事実なら、その2年前から知っていたというにとどまらない。「加計氏と獣医学部の話をしたことはない」という説明も偽りだったことになる。

首相はきのう、「ご指摘の日に加計氏と会ったことはない」と真っ向から否定した。ただ、官邸への出入りの記録は残っていないという。新聞が報じる首相の動静も、記者が確認できたものに限られる。気づかれずに会う手段はある。会っていない根拠の提示は全く不十分だ。

文書には、学園関係者からの報告として、国際水準の獣医学教育を目指すという加計氏の説明に、首相が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」と応じたとある。首相も学園もともに、面会の事実を否定しているが、リスクを冒して虚偽のやりとりを書き留める動機が県職員にあるとは思えない。

県の文書の中には、首相との面会に先立ち、学園関係者が、当時、官房副長官だった加藤勝信厚生労働相と会った記録もあった。加藤氏はこの面会を認めており、文書の正しさの一端を示したとも言えよう。

これらの文書は、国政調査権に基づき、与野党が一致して県に提出を求めたものだ。自らの主張を言いっ放しにするだけでは、行政府の長として、不誠実というほかない。国民の納得が得られるよう、国会できちんと説明をしなければいけない。

一連の文書からは、競合する新潟市などに対抗するため、学園が政権への働きかけを強め、首相と加計氏の面会後に計画が加速化したという流れが見て取れる。

ますます深まる「加計ありき」の疑念を晴らすことができなければ、首相の政権運営に国民の信任は得られないだろう。

国会も問われる。立法府の求めに応じた県の文書を最大限生かし、行政への監視機能を発揮すべき時だ。

まずは、面会の当事者とされる加計氏、そして、官邸と学園側の接点となった柳瀬唯夫元首相秘書官の証人喚問を早期に実施しなければならない。愛媛県の中村時広知事にも、参考人として説明を求めるべきだ。
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2018年05月22日

[朝日新聞] カジノ法案 国民の安心置き去りか (2018年05月22日)

カジノを含む統合型リゾート(IR)実施法案を、政府は今国会中に成立させる構えだ。安倍首相の強い意向が背景にあるとされる。だが、国民的な合意が整ったとは到底言えない。

朝日新聞は社説で、まずギャンブル依存症の対策を審議すべきだと主張してきた。その点で自民、公明両党が日本維新の会と共に、依存症対策基本法案を衆院に出したのは理解できる。

しかし、それと同時に今日にもIR実施法案の審議に入るというのでは、成立ありきの意図が明らかだ。強引な手続きに走ってはならない。

自民の森山裕国対委員長は「依存症対策をまず審議し、国民が安心する形でIRの審議ができればいい」と述べた。それならば、その対策が本当に国民の安心できる内容になるのか、まず見せるのが筋だろう。

一貫性のなさが際立つのが、公明である。一昨年のカジノ解禁法の採決では山口那津男代表が反対するなど、慎重な立場だった。ところが今は「来年になったら統一地方選や参院選に影響する」との理由で、今国会成立を容認する声があるという。自党本位の理屈でしかない。

依存症対策の審議で詰めるべきことは多い。

自民などの法案では、医療体制の整備や社会復帰の支援を国と自治体に義務付け、対策を考える際は関係者会議の意見を聞くとする。委員には依存症の家族や有識者らを選ぶという。

問題はこうした仕組みが機能するかだ。相談・治療体制を担う専門家は足りているか。予防知識を普及するため、学校や自治体の体制は十分か。形ばかりのものにしないためには、一つずつ丁寧な議論が必要だ。

厚生労働省によると、日本にはギャンブル依存症の疑いがある人が70万人いる。依存症対策は、放置されてきた問題への対処である。カジノができて本当に大丈夫なのか熟考すべきだ。

「責任あるギャンブル」。業界には、そんな言葉がある。一部の「意志の弱い人」をケアしさえすれば、健全性を保てるという楽観的な見方であり、実に危うい。利益のための必要コストのように依存症を見なすのならば言語道断だ。

体験者によると、カジノの快感と喪失感はパチンコの比ではない。金額に比例して脳が刺激され、やめられなくなるという。誰にでもリスクがあり、治療には膨大な時間を要する。

国会は体験者の聞き取りから始めてはどうか。幅広い合意をみないまま政治が突き進めば、社会に重い禍根を残す。
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[朝日新聞] カンヌ最高賞 見えざる人々の姿描く (2018年05月22日)

公式上映後、10分近くに及んだスタンディングオベーションの熱気は、本物だった。

カンヌ国際映画祭で、是枝裕和監督の「万引き家族」が最高賞のパルムドールを受賞した。これまでも審査員賞が贈られるなど「カンヌの常連」ではあったが、世界の実力派監督たちを制しての快挙となった。

高層マンションの谷間の下町の古ぼけた家に、祖母の年金、わずかな収入、そして万引きで食いつなぐ5人家族が住む。体中に傷のある幼い女の子を引き取ったことから、家族の秘密が明らかになる。

家族の小さな日常の、小さなほころびを通じて、人々の姿をていねいに描く。こうした手法は、是枝作品の多くに貫かれてきたものだ。

登場人物や、そこに横たわる問題の暗部だけを見て断罪しない。背中合わせにある明るさ、たくましさ、豊かな時間も肯定する。わかりやすい「敵」をつくって、観客に感情移入させたり思考停止させたりすることをしない。結論を急がず、見る人にゆだねる。

そんな作風で、人と人とを結びつけ、互いの信頼を支えるものは何かという重い問いを、観客に突きつけてきた。

受賞作もそうした二重性や奥行きをたたえたものだが、監督は「作っている感情の核にあるものが喜怒哀楽の何かと言われると、今回は『怒』だったんだと思います」と語っている。

声の大きな人たちが幅をきかす一方で、普通に生活する市井の人の思いは、社会のなかに埋もれてゆく。そんなこの国の「いま」に対する違和感を、作品を通じて感じ取る人は少なくないのではないか。

審査員長を務めた女優のケイト・ブランシェットさんは閉会式で、人種差別、貧困、不法移民、政治対立などさまざまな矛盾を取りあげた作品が会した今回の映画祭は、社会から置き去りにされた「見えざる人々」に声を与えたと総括した。

記者会見した是枝監督がこれに応じる形で、引き続き「見えざる人々」を可視化していく決意を示したのは印象的だった。

近年、日本映画は観客動員で回復傾向にある。一方で、ヒット作の陰で作品の多様性が失われているとの懸念もある。

テレビドキュメンタリーの制作の出身で、映画には「公共性こそが大切だ」とくり返し語ってきた是枝監督が、パルムドールを手にした。社会性と芸術性の両立という困難な挑戦を、世界が認めたことの意義をしっかり受け止めたい。
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2018年05月21日

[朝日新聞] 働き方法案 やはり「高プロ」削除を (2018年05月21日)

安倍内閣が最重要法案と位置づける働き方改革関連法案の衆院通過に向けた動きが加速してきた。自民、公明、日本維新の会、希望が法案修正の協議を始め、衆院厚生労働委員会では22日に法案採決の前提となる参考人質疑を行うことも決まった。

だが、年収の高い専門職を労働時間の規制から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」への懸念、不安は、一向に払拭(ふっしょく)されていない。4党の修正協議も小手先のものだ。

与野党そろって実質審議が始まってからまだ1週間余り。高プロの問題点や厚労省のずさんな調査をめぐる質疑に多くの時間が費やされ、同一労働同一賃金など、多岐にわたる論点が十分議論されたとは言い難い。

すべての働く人にかかわる大事な法案を、拙速に採決することは許されない。政府・与党は、主要野党の求める高プロ削除の要求を踏まえて法案を修正し、議論を尽くすべきだ。

4党の修正協議は、高プロの適用にいったん同意した人が、自らの意思で撤回出来る規定を法案に盛り込むというもの。形ばかりの同意で意に反して適用するような制度悪用の歯止めには、なりそうにない。

そもそも、高プロで最も問題となっているのは、会社の残業代の支払い義務をなくして、際限なく働かされることにならないかという点だ。深夜・休日労働の割増賃金について、厚労省は国会で、働く人に負荷が高い働き方を抑制する目的と認めている。その規制すらなくして、どうやって働く人を守るのか。

政府は、働く時間を自ら決める裁量のある人たちに対象は限られると強調するが、多くの職場で仕事量は自分では決められない。つい先日も、テレビ局の50代の管理監督者や、裁量労働制で働くシステム開発会社の20代の社員が、長時間労働で過労死認定されたことが分かった。

高プロでは労働時間がきちんと把握されなくなり、過労死が起きても認定されにくくなるのではないか、との指摘もある。

昨年、裁量労働制の違法適用で特別指導を受けた野村不動産では、05年から制度が悪用されていたが、過労死をきっかけにした昨年の調査まで、労働基準監督署は違法状態を見抜けなかった。高プロも悪用を見抜くことは難しいのではないか。そうした議論も不十分なままだ。

安倍首相は昨年の施政方針演説で、電通の新入社員だった高橋まつりさんの過労自殺に触れ、「二度と悲劇を繰り返さない」と誓った。首相は自らの言葉を思い起こすべきだ。
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[朝日新聞] 蔡政権2年 中台間の安定のために (2018年05月21日)

中国と台湾の関係は、アジア太平洋地域の情勢を占う最も重要な問題の一つである。

その一方の当事者である台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統が、きのうで就任2年の節目を迎えた。任期4年の折り返し点である。

この間、中国との関係をめぐる対応は穏当だった。あくまで「現状維持」を掲げ、対立を避けた政権運営は評価できる。

ところが最近、そこに若干の変化がみえる。自らが所属する民進党の党派色を前面に出してきた。台湾独立を掲げる党だけに、中国を刺激している。

蔡氏が行政院長(首相)に起用した頼清徳(ライチントー)氏は「台湾はすでに独立国家だ」と述べ、中国からの批判を招いた。

台湾では11月に統一地方選がある。政権にとって2020年の次期総統選に向け、前哨戦的な意味合いを持つ。その支持集めをねらって台湾の独立心をあおるのは、危うい。

もちろん、台湾にさまざまな圧力をかける中国の強硬さは非難されるべきである。世界保健機関への台湾のオブザーバー参加は今年もかなわなかった。

1千発を超えるとされる台湾向けミサイルに加え、空母や戦闘機が台湾の周りを回るなど、軍事的な圧迫を強めている。

安全保障環境を不穏にしている第一の責任は中国にあり、習近平(シーチンピン)政権がそれを改めねばならない。中台問題は、平和的な対話による歩み寄りを重ねるしか解決の道はない。

ただ一方の蔡氏も、これまでの抑制的な姿勢を崩すべきではない。「強い軍隊」の方針を表明し、トランプ米政権の支援を求めているが、軍拡競争では持続的な安定は築けない。

蔡氏が維持してきたのは、中国と台湾という異なる体制が存在する「現状」であると同時に、台湾が独立を宣言しない「現状」でもあったはずだ。

経済も軍事も肥大化する中国を前に、台湾が何もしなければ現状を維持できず、中国にのみ込まれてしまうとの危機感があるのは理解できる。

しかしだからといって、自ら現状を変えるかのような言動で緊張を高めては、展望はひらけない。蔡氏自身、「力くらべ」には意味がないと認めている。むしろ台湾がめざすべきは、中国にない自由と民主主義を実践する政治の強靱(きょうじん)さを世界に示し続けることだろう。

政権交代が当たり前になり、経済的繁栄と現状維持を志向する民意を尊ぶ台湾社会の成熟ぶりを、国際社会は認めている。中国もそれを力でつぶすことは決して出来ないはずである。
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2018年05月20日

[朝日新聞] 9条俳句裁判 公共の場の表現を守る (2018年05月20日)

梅雨空に「九条守れ」の女性デモ――。さいたま市の女性が詠んだ俳句を、公民館だよりに載せることを市当局が認めなかった問題で、表現活動への安易な規制を戒める判決が、東京高裁で言い渡された。

この公民館では、地元の俳句サークルで秀作に選ばれたものを、たよりに掲載するのを慣例としてきた。ところが女性の句は拒まれた。「公民館は政治的に公平中立であるべきだ」というのが、市側の説明だった。

高裁は、住民が学び、生活や文化を豊かにする場である公民館の役割に注目した。

学びの成果の発表を思想や信条を理由に不公正に取り扱うことは、思想・表現の自由の重みに照らして許されない。意見が対立するテーマだから排除するというのは理由にならない。

そう指摘して、一審に続いて女性に慰謝料を支払うよう、市に命じた。

市民が意見表明しようとすると、自治体がその前にたちはだかる例が、近年各地に広がる。

たとえば金沢市は、市庁舎前の広場を護憲集会に使うことは「特定の政策や意見に賛成する目的の示威行為」だとして、昨年から許可しなくなった。神奈川県海老名市は、駅の自由通路で政治的メッセージを含む活動をするのを禁じる命令を出した。これは裁判所によって取り消されたが、こうした規制の一つ一つが、市民の正当な権利を確実にむしばんでいる。

表現しようとする者だけではない。その機会を提供する者への圧力や批判も目につく。

前川喜平・前文部科学次官が名古屋市の中学でした講演について、文部科学省は自民党議員の意向をくみながら、市教委に対し、教育現場への介入と言うほかない異例の調査をした。北九州市では、前次官の講演会で司会を務めた市議に、中傷や脅迫が相次いだ。ネット上には、気に入らない言論や集会を攻撃する過激なことばがあふれる。

面倒に巻きこまれたくない。自治体の担当者らがそう考えるのもわからなくはない。しかし事なかれ主義に流れれば、社会はやせ細るばかりだ。

人々が学び、意見を交わし、考えを深めることが民主主義の基本である。そして、その根底を支えるのが表現の自由だ。

もちろん、他者の人権を侵すヘイト行為などは、厳しく批判されなければならない。

だが、そうでない活動は最大限保障するのが、憲法の説くところだ。自治体は市民と対立するのでなく、自由を守る道を一緒に歩んでもらいたい。
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[朝日新聞] 成田開港40年 「急がば対話」教訓今に (2018年05月20日)

成田空港が開港して、きょうで40年になる。この春には3本目の滑走路をつくる計画に地元自治体が同意。実現すれば、面積、発着容量とも約1・7倍になり、新たな時代を迎える。

訪日客が好調ななか、政府はさらなる利用者増とアジアの空港との競争をにらんで、成田と羽田双方の機能強化をめざしている。大がかりな事業だ。需要見通しは的確か、騒音被害をどう抑えるかなど、引き続き綿密な検討と説明が求められる。

成田の歴史は公共事業の進め方の生きた教材といえる。

半世紀前に滑走路3本の国際空港として構想されたが、用地買収が進まず、1本でのやりくりが長く続いた。閣議で一方的に計画を決め、土地を収用し、機動隊を投入して抑えこむ。そんな政府の姿勢が抵抗運動を激化させ、反対派、警察官、工事関係者らが何人も亡くなるなどの悲劇を生んだ。

国が対話路線に転じたのは、90年代に入ってからだ。住民との話し合いは4年間続いたが、終結から7年余で2本目の滑走路が使えるようになった。

反対派も年を取り、運動の出口を探っていた面はある。それでも、対話を進めた国土交通省OBの高橋朋敬(ともゆき)さんは「強制的にやっていたときよりも物事は早く進んだ」とふり返る。

10年前から、人事院の新人官僚向け研修の講師に招かれている。講演では必ず、当時の上司に言われた「ゆっくり急げ」という言葉を贈る。急ぐときほど検討を尽くし、手順をふみ、納得ずくで進めよ――と。

国内のどこかに造らなければいけないが、地元には重い負担を強いる。そうした施設はこの先も出てくる。そのとき成田の教訓を生かさねばならない。

3本目の滑走路計画には、多くの地元団体が要望や提案をだしている。半世紀前は、押しつけられた計画への賛否で住民同士がいがみあい、分断される痛みを経験した。今度こそ主体的に地域の未来を選び取りたい。そんな切実な思いを抱く人も多いだろう。

元反対派幹部の石毛博道さんもその一人だ。「国も地域も高齢化と人口減に直面している。観光立国は解決策の一つになるし、地元に雇用を生み、人口流出も食い止められる」と話す。

空港の拡張は一部住民に移転を強い、新たに騒音や落下物の危険にさらされる地域を生む。国にはその責任を引き受け、最善の策を講じる責務がある。

急がば対話。過去に学び、異論や不安に向きあい、ともにその解消をめざす姿勢が肝要だ。
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2018年05月19日

[朝日新聞] アメフト問題 徹底した解明が必要だ (2018年05月19日)

大学アメリカンフットボールで、競技の存立そのものを根底から揺るがすような、きわめて悪質なプレーがあった。

日大と関西学院大の今月6日の定期戦で、パスを終えて無防備になった関学大のクオーターバックに、日大の選手が背後から激しいタックルを浴びせ、3週間のけがを負わせたのだ。

なぜこんな反則行為をしたのか。世代別の日本代表にもなった選手で、乱暴なプレーを指摘された過去もない。一方で内田正人監督は試合後、「あれぐらいやっていかないと勝てない。やらせている私の責任」「(選手には)プレッシャーをかけていた」などとコメントした。

不信を抱いた関学大がチームとしての見解を求めたが、日大の回答はおよそ納得できるものではない。「指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きていたことが問題の本質」として、選手の過剰反応が原因と受けとれる説明をしながら、指導の内容や事実関係の詳細については、確認中を理由に先送りにした。

この間、内田氏は公の場に一切姿を見せていない。これも無責任のそしりを免れまい。

誰が、どうやって調査しているのかも不明だ。内田氏は監督であるばかりでなく、5人いる常務理事の1人として、学内の人事を担当している。すべての関係者が不安や遠慮なく事実を話せるように、アメフト部にゆだねず大学本部が乗りだして、弁護士ら公平中立な第三者を中心とする調査態勢を築く。それが社会の常識だ。

この不祥事にどう対処するか、大学の姿勢が問われていることを自覚する必要がある。

日大が所属する関東学生連盟や、上部組織である日本アメリカンフットボール協会も、競技を統括する立場から厳しく臨むべきだ。試合当日、日大選手は問題のタックルの後も出場を続け、さらに2度反則を犯してようやく退場処分となった。審判の判断の当否も問われよう。

体格が向上しトレーニング方法も進化するなか、危険なプレーは重大事故に直結する。安全管理の徹底はスポーツ界全体の大きな課題だが、大学スポーツは個々の大学や指導者任せの部分が多い。その指導者も、旧態依然とした意識や手法を引きずる人が少なくないのが現実だ。

こうした姿を改めようと、スポーツ庁を中心に、大学スポーツのあり方を考える横断的な組織づくりが検討されている。時代にふさわしい運動部の運営と指導につなげるためにも、今回の問題を中途半端な形で終わらせることはできない。
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[朝日新聞] 終盤国会 逃げ切りは許されない (2018年05月19日)

国会の会期末まで残り1カ月。相次ぐ不祥事の追及から逃げ切りを図り、首相肝いりの法案は数の力で押し通す。終盤国会に臨む安倍政権の戦略が、あからさまになってきた。

森友学園をめぐる財務省の決裁文書改ざん問題で、政権・与党はきのう、野党に約束していた改ざん前文書の国会提出を23日に先送りした。文書が膨大で、「非公表部分の黒塗りが間に合わない」として、一方的に前言を翻した。

これを受け、安倍首相が出席する予算委員会の集中審議は、想定されていた21日から、首相がロシア訪問を終えた後の28日以降にずれこむことになった。

加計学園の獣医学部新設をめぐる問題でも、野党が求める加計孝太郎理事長や愛媛県の中村時広知事ら関係者の国会招致に応じる姿勢は全くない。

審議日程が限られる中、真相解明の機会を先延ばしする。国民への説明より、責任回避を優先するかのような政権の対応は不誠実というほかない。

政権・与党は一方で、首相が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案やカジノを含む統合型リゾート(IR)の実施法案などを、野党の反対を押し切ってでも今国会で成立させる構えで、審議を加速させている。

きのうは、野党の多くが慎重審議を求める中、米国を除く11カ国による環太平洋経済連携協定(TPP11)の承認案を衆院で通過させた。熟議とは程遠いありさまだ。

国会が閉会すれば、9月の自民党総裁選への準備が本格化する。首相は自らの3選につなげるためにも、重要法案を仕上げて、実績をアピールしたいのだろう。

だが、そんな首相の「自己都合」で、国民生活に広範な影響を及ぼす法案の審議を拙速に進めることは許されない。

与党内では、働き方改革法案の衆院厚生労働委員会での採決を、森友文書公表日の23日にぶつける案も検討されているという。メディアや国民の関心を分散させ、森友問題での政権へのダメージを少しでも和らげようという思惑だ。あまりにも姑息(こそく)な考えに唖然(あぜん)とする。

「うみを出し切る」。首相は一連の不祥事について、国民にそう誓ったはずだ。真相解明が中途半端なまま国会の幕が下りれば、国民の政治不信は深まるばかりだろう。

強引な国会運営をしても、あと1カ月を乗り切れば何とかなる。首相がそう思っているのだとしたら大間違いだ。
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2018年05月18日

[朝日新聞] エネルギー基本計画 めざす姿がずれている (2018年05月18日)

新たなゴールをめざす動きが国外で広がるのを横目に、従来の道にしがみつく。大局を見誤っていると言うほかない。

新しいエネルギー基本計画の案を経済産業省がまとめた。「これまでの基本方針を堅持する」とうたい、今の計画を踏襲する内容だ。事業環境が厳しい原発や石炭火力を従来通り、「重要なベースロード電源」と位置づけた。

世界では、エネルギーの供給や使い方に構造的な変化が起きつつある。太陽光や風力などの再生可能エネルギーが化石燃料に取って代わる「脱炭素化」や、規模が小さい発電設備を蓄電池などと組み合わせ、効率よく地産地消する「分散化」など、影響は社会に広く及ぶ。

それなのに旧来の方針に固執して、変革に対応できるのか。世界の流れから取り残されないか。疑問や懸念は尽きない。

この計画案は認められない。

■電源目標は非現実的

基本計画は、エネルギー政策の中長期的な方向性を示すもので、政府が定期的に見直している。今の計画が閣議決定された14年以降、内外で起きた変化は枚挙にいとまがない。

再エネは技術革新とコスト低下が進み、先進国や新興国で普及が加速した。地球温暖化対策のパリ協定が発効し、温室効果ガスの排出が多い石炭火力は逆風にさらされている。原発は、福島の事故を受けた安全対策の強化などの影響でコストが上昇し、先進国を中心に退潮傾向が強まった。

ビジネスの動きも速い。投資や技術開発は、再エネと送電や電力制御、蓄電などの分野に集中し、巨大な市場が生まれている。日本は出遅れ気味だ。

それでも、経産省は「大きな技術的な変化があったとは思えず、大枠を変える段階にはない」(世耕弘成経産相)という。認識違いも甚だしい。

そもそもの誤りは、現計画の下で経産省が15年に決めた電源構成の目標を受け継ぎ、「確実な実現へ向けた取り組みを強化する」とした点だ。

この目標は、30年度時点で原子力と再エネがそれぞれ発電量の2割ほどを担うと想定する。原発は30基程度を動かす計算で、これまでに再稼働した8基を大きく上回る。多くの古い炉の運転延長や建て替えも必要で、専門家らから「非現実的」という批判が相次ぐ。一方、再エネは達成が射程に入りつつあり、目標値の上積みを求める声が与野党から出ている。

基本計画が描く将来像は内外の潮流から大きくずれており、変革期の道標たり得ない。まず目標自体を見直すべきだ。原発の比率を大幅に下げ、再エネは逆に引き上げる必要がある。

■原発のまやかし温存

個別の分野も問題は多い。

焦点の原発は現計画と同様、基幹電源として再稼働を進める方針と、「依存度を可能な限り低減する」という表現を併記した。しかし実際には、政権は再稼働に重きを置いている。なし崩しの原発回帰や、放射性廃棄物の処分問題や核燃料サイクルなどでその場しのぎが、さらに続くことになる。

政権は、原発を取り巻く状況や、再稼働反対が多数を占める世論の厳しさに向き合うべきだ。国民の目をごまかしながら原発頼みを続ける姿勢は、根本から改めねばならない。「依存度低減」を掲げる以上、その具体化を急ぐ責任がある。

再エネについて、「主力電源化」をめざす方針を打ち出したのは当然だが、計画が触れた具体策は、すでに検討されているものにとどまる。海外より割高なコストなどの障害を克服する「次の一手」が求められる。

これまでのエネルギー政策は「安定供給」を錦の御旗とし、継続性を重視してきた。ただ核燃料サイクルのように、失敗や不合理が明白でも認めず、路線を転換しない悪弊も目立つ。

今回の計画見直しでも、経産省は早々に「骨格維持」を打ち出し、議論にたがをはめた。発展途上の再エネには慎重な見方を変えず、多くの難題を抱える原子力や石炭に期待をかけ続ける姿勢は、惰性や先送り体質の表れではないか。

■新時代の展望を開け

将来を見通すのは難しいからこそ、多角的で透明性の高い政策論議が重要だ。すでに外務省は非公式の折衝で、再エネ比率の大幅な引き上げを求めたという。環境省も石炭の積極活用に批判的だ。省庁を超えて徹底的に議論しなければならない。

政治の役割も大きい。法律上、政府が基本計画を決めた後に国会は報告を受けるだけだが、十分ではない。専門家の意見を聞き、集中的に審議するなど、関与を強めるべきだ。

社会の活動や暮らしの基盤となるエネルギーの未来図と針路を描き直す。そのために必要な政策を練り上げる。持続可能で説得力のあるメッセージを国民に発しなければ、新しい時代の展望は開けない。
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2018年05月17日

[朝日新聞] 子どもたちへ 火垂るとだるまの教え (2018年05月17日)

改ざん、うそ、女性蔑視、開き直り――。自らは恥ずべき行いを重ねる一方で、子どもには「道徳」を説き、ひとつの鋳型にはめようとする。

そんな最近の政治家や官僚の対極を生きた2人が、この春、相次いで鬼籍に入った。

おととい「お別れの会」が開かれたアニメ監督の高畑勲さん(享年82)、そして絵本作家のかこさとしさん(同92)だ。

心にしみいる作品を、半世紀にわたって子どもたちに届け続け、多くの大人も魅了した。

原点になったのは、両者ともに戦争体験である。

終戦時に9歳だった高畑さんは、空襲で家族とはぐれ、町をさまよった経験をもつ。その強烈な記憶が「火垂(ほた)るの墓」(1988年)などに反映された。

ただし、情緒に訴えるだけの「反戦映画」にするつもりはなかったという。

心したのは、事実を「淡々と客観的に」描くこと。見る人には、年齢を問わず、なぜ当時の日本社会がああなってしまったのか、自分の頭で考えてほしいと願った。高畑さんはそれを、これからの時代を切りひらくための「自由な知性」と呼んだ。

異論を排し、大勢に流れてしまいがちなこの国の危うさが、常に念頭にあった。

かこさんもまた、論理や思考を重んじた人だった。

軍国少年で軍人を志した。19歳で敗戦を迎え、誤った戦争をなぜ正義と思い込んでしまったのか、自問することから出発した。化学工業の会社に勤めるかたわら、子どもの勉強の面倒を見たり一緒に遊んだりして、生活の苦しい家庭を支えるセツルメント運動に飛び込んだ。

各地の伝統玩具がモチーフになっている「だるまちゃん」シリーズをはじめ、歴史、経済、生命、宇宙まで、創作は幅広い分野に及ぶ。多くの研究資料を集め、「20年先も通用するものを」という見通しと責任感をもって紡ぎ出した作品だ。

その業績に、近年あらためて光が当たる。たとえば83年に発表された「こどものとうひょう おとなのせんきょ」。少数意見の尊重が民主主義の基本であることを物語る小さな絵本は、ネットで評判になり、33年ぶりに復刊された。

高畑さんもかこさんも、子どもを一個の独立した人格として認め、向きあった。人間の弱さや社会の矛盾を隠さず、世の中には様々な考え方があり、同じ出来事でも別の角度から見ると違って見えることを伝えた。

残された私たちが、2人から学ぶことは、たくさんある。
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[朝日新聞] 男女均等法 多様な政治へ一歩を (2018年05月17日)

国会でも、地方議会でも、選挙で男女の候補者数をできる限り「均等」にするよう、政党などに求める法律が成立した。

罰則規定はない理念法で、これでただちに女性議員が増える保証はない。だがそれでも、大切な決断として評価したい。

各選挙の投票率は低迷し、議会制民主主義の危機と言われて久しい。その主因は、有権者が「政治と自分」を結びつけるのが難しい現状にある。

政治は、社会のあり方を決めるシステムだ。だが、今の国会を見て「私が暮らす社会の縮図だ」と思う人は少ないだろう。人々の生き方やニーズは多様なのに、政治はずっと男性中心の秩序で回ってきたためだ。

行財政や外交の議論に、男女双方の感覚が十分反映されないまま、どうして社会全体に目配りできるだろう。女性議員が増えれば、今よりは複眼的な取り組みが担保される。

男性優先から男女同列へ。そして性に限らず、肩書や組織などに寄りかからない自由な論議の場へ。多様な「リアル社会」の縮図に国会が変われば、政治はもっと身近になれる。

今の衆院で、女性議員は約1割にすぎない。国際的にも日本の少なさは際だつが、もともと遅れていたわけではない。

戦後初めて女性が参政権を行使したのは1946年の衆院選で、39人の女性議員が誕生した。当時と諸制度が異なるとはいえ、72年たってもまだ47人なのは、時代に対応して変えようとしなかったからだ。

世界の議会で女性が増えたのは、強い意思の結果である。クオータ(割り当て)制の導入などで選挙制度を変えたり、党則で徹底したりしてきた。

今回の法律で日本も前へ進めるかどうかは、有権者次第だ。どの政党がこの法を尊び、真剣に女性を増やすつもりか。男女の候補者数に格差がないか。男性の政党幹部だけで物事を進めていないか。

それは、本当の意味で国民に寄り添う政治をめざす指標でもある。しっかりと見極め、投票しなければいけない。

女性の立候補を阻む慣習や仕組みも見直すべきだ。言うまでもなく、子育てや家庭の切り盛りは男女共通の仕事である。

クオータ制を採用した台湾では、政治家が密室で談議する夜の宴席が減った。男女均等の努力の先には、政治の透明化や議員活動の効率化なども望める。

だれもが暮らしやすい社会づくりへの一歩。それを踏み出せるかどうかは、政党と有権者の意思にかかっている。
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2018年05月16日

[朝日新聞] 四川地震10年 被災者の声を封じるな (2018年05月16日)

中国で9万人近い死者・行方不明者を出した四川大地震から10年が過ぎた。

被災地の復興は急速に進んでいる。地震後の3年間で投入された復興資金は少なくとも15兆円。数百万戸の公共住宅が建築され、大規模な移住政策も進められた。今や被災地の一部は保存され、観光地としてにぎわっている。

「中国共産党の強固な指導の下、世界に注目される復興成果を収めた」。習近平(シーチンピン)国家主席は10年の節目に、そんな自画自賛のメッセージを発表した。

しかし、本当にそうなのだろうか。習氏は心から「復興成果」を誇っているのだろうか。

思い出すのは、学校の校舎が各所で完全倒壊し、多くの子どもたちが亡くなった悲劇だ。周辺の建物の多くは倒れなかったため、校舎だけが倒壊したのはなぜかとの疑問が生じた。

親たちは党幹部の腐敗行為に絡んだ手抜き工事を強く疑い、今も徹底した原因の究明を求めている。ところが、共産党政権はこうした声に応えて真相の解明を進めるのではなく、逆に親たちの訴えを強引に抑え込もうとしてきた。

被災者たちが集団で地元当局を相手に裁判を起こす権利を奪い、海外メディアの記者との接触を強引に妨害する。いずれも政権に批判の矛先が向くことを避けるための「口封じ」の措置にほかならない。

まだまだ隠された事実がほかにもあるのではないか、との疑念も根強い。

被災地の原子力施設で福島第一原発と「類似の危険な状況」が生じていた、と中国政府幹部が中国メディアに明らかにしたのは昨年。被災地には軍の施設などがあったが、被災状況は公表されておらず、住民の避難なども行われていなかった。

詳細は不明だが、もし言葉通りの深刻な状況が生じていたのだとすれば、恐ろしいとしか言いようがない。特に原子力に関わる事態であれば、影響は大きい。中国の人々に対してはもちろん、国際社会に対しても、中国当局は十分な説明責任を果たしていない。

一方、中国では日本における防災の取り組みに対して関心が高まっているという。防災教育の分野などでは今後も、日本ができる協力は少なくない。

ブルドーザーによる復興の時期はとっくに終わっている。共産党政権に求められるのは、被災者一人ひとりの思いに向き合う姿勢である。ましてや、その声を無理やり消し去るようなことは決してあってはならない。
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[朝日新聞] スルガ銀行 融資不正の実態究明を (2018年05月16日)

地方銀行のスルガ銀行(本店・静岡県沼津市)の融資をめぐり、大規模な不正行為が明らかになった。第三者委員会を設けて調査するという。問題の全容を徹底的に究明し、責任の所在を明確にしなければならない。

シェアハウス用の不動産ローンが不正の舞台になった。借り手の資金力を示す預金通帳の写しなどが改ざんされたり、売買金額が水増しされたりしていた。うたい文句通りの賃料収入を得られず、借金返済が難しくなった借り手側は、販売業者や仲介業者が改ざんにかかわったとみて、刑事責任の追及を検討している。

行内調査の結果によれば、多数の行員が不正の存在を知っていた可能性がある。融資に難色を示した審査部担当者を、営業部門の幹部が恫喝(どうかつ)することもあったという。シェアハウス関連融資約2千億円に対し、焦げ付きに備える引き当てなどの与信費用は、382億円に達した。

顧客利益の保護、融資のリスク管理の両面において、信用の根幹を揺るがす失態だ。高い公共性が求められる銀行として、適格性が疑われかねない。

シェアハウス融資はそもそも顧客の利益になるものだったのか。不正はなぜ広がったのか。役員や管理職は関わっていなかったのか。解明すべき点は多い。問題発覚後も公的な説明を怠ってきた情報開示に後ろ向きな姿勢も、改める必要がある。

地方銀行の経営は、低金利や地域経済の伸び悩みで行き詰まる傾向にある。その中で、スルガ銀は突出して高い利益率を示していた。他行が取り組まないようなタイプの個人ローンを積極的に展開していたとされる。

一定のリスクをとりつつ、新しいビジネスモデルを開拓すること自体は評価できる。だが、収益追求を優先するあまり、順法意識や審査体制がないがしろにされていたのでは本末転倒だ。基本ルールを無視したビジネスは持続できない。

金融庁の森信親長官は昨年5月の講演で、小さくても収益率の高い銀行の例として、スルガ銀を肯定的に紹介していた。実名を挙げた銀行が1年後にこの有り様では、監督官庁としてお粗末だろう。

金融庁は、先月からの立ち入り検査を徹底し、必要であれば厳正な処分を行うべきだ。

低金利や地価上昇への期待が長引く中で、不動産融資をめぐるグレーな取引が増えるのは、前回のバブルの教訓でもある。金融当局は十分注視することが必要だ。投資家側も、リスクの認識を怠ってはならない。
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2018年05月15日

[朝日新聞] 首相の答弁 これで疑念は晴れぬ (2018年05月15日)

きのう衆参両院の予算委員会で集中審議があった。柳瀬唯夫・元首相秘書官が先週の参考人質疑で、加計学園関係者との面会を認めた直後である。安倍首相の答弁が注目されたが、柳瀬氏の説明を追認するばかりで、「加計ありき」の疑念を晴らすには程遠かった。

柳瀬氏は首相の別荘のバーベキューで学園関係者と知り合い、その後、首相官邸で3度面会し、獣医学部新設をめぐり意見を交わしたという。「加計優遇」は明らかだ。

しかも、学園理事長と首相が親しいことを知りながら、首相には一切、この件の報告はしていないという。首相秘書官経験者を含め、「不自然だ」という指摘が相次いでいた。

きのうの首相答弁はどうだったか。

「国家の重大事でもない限り、途中段階で説明を受けることはほとんどない」と柳瀬氏の説明にお墨付きを与え、行政の公平性が疑われかねない累次の面会も「問題ない」。柳瀬氏が「本件は、首相案件」と述べたとされる愛媛県文書の内容を否定したことについても、「記憶をひもときながら、正直に話していた」と擁護した。

この説明で納得する人がどれだけいるだろうか。

首相はまた、特区選定の過程に瑕疵(かし)はないとの従来の説明を繰り返し、学園の「特別扱い」を否定した。学園の特区希望を正式に決まる昨年1月まで知らなかったという立場も崩さなかった。

「国民から疑念の目が向けられていることはもっともだ」と一方で認めながら、追及が各論に及ぶと、逃げの答弁に終始する。言葉とは裏腹に、国民の疑念に真摯(しんし)に向き合おうという誠意は感じられない。真相解明にいまだ背を向けていると言わざるを得ない。

前財務事務次官のセクハラ疑惑も同様だ。首相は「被害者に寄り添った対応、発言が求められるのは当然だ」といいながら、問題発言を繰り返す麻生財務相について「誤解を与える発言は撤回されている」。これでは、麻生氏をかばっていると見られても仕方あるまい。

国会の残り会期は1カ月余りだ。首相は野党の批判をかわしつつ、このまましのごうとしているのだろう。国民に約束した「丁寧な説明」はどこに行ったのか。

一つひとつの不祥事について事実関係と責任の所在を明確にし、再発防止策を講じる。政権への信頼を取り戻す道はそこにしかないはずだ。
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[朝日新聞] 沖縄復帰46年 許されぬ再びの捨て石 (2018年05月15日)

憲法が適用されない米軍統治下から沖縄が日本への復帰を果たして、きょうで46年になる。

だがこの地では、憲法の精神を踏みにじるような出来事が、日常的に起きている。

たとえば名護市辺野古。米軍普天間飛行場を移設するための埋め立て工事が急ピッチで進む。海を囲い込むように伸びる護岸は、新たに背負うことになる基地の重荷を、目に見える形で地元住民に突きつける。

工事は、埋め立て海域内にあるサンゴを移植したうえで行うという県との約束を破って、昨年4月に始まった。県は沖縄防衛局に対し、工事を中断して話し合うように、くり返し行政指導してきた。しかし防衛局は聞く耳を持たない。

また最近になって、工事区域の地盤が予想以上に軟弱だとわかり、そばに活断層が存在する恐れも浮上した。そうであれば大幅な設計変更が必要だが、政府から詳しい説明はない。

他の都道府県で大型の公共事業を進めるときも、同じ態度で臨むだろうか。

国が約束を無視し、地元と協議すること自体を拒む。それが2018年の沖縄における民主主義や地方自治の現実だ。「沖縄差別」という受けとめが、県民の間に広く、深く浸透する。

辺野古だけではない。この1年に限っても、オスプレイや軍用ヘリの事故、トラブルが県内で頻発した。

昨年12月に米軍ヘリの窓が校庭に落ちてきた普天間第二小学校では、今も米軍機が近づくたびに子どもたちは校庭から屋内に避難する。今月8日までに367回もあったという。

本土では考えられない話だ。平時に米軍に飛行ルートを守らせることすらできず、何が「沖縄の方々の気持ちに寄り添い、基地負担の軽減に全力を尽くします」(1月の安倍首相の施政方針演説)だろうか。

辺野古への基地移設反対を訴えてきた翁長雄志知事は、県内の首長選で支援する候補が相次いで敗れるなど苦境にある。11月に予定される知事選までに埋め立て工事を進めて既成事実を積み重ねれば、氏の求心力はさらに低下し、県民のあきらめムードを誘うことができる――。政府の最近の動きからは、そんな狙いが透けて見える。

太平洋戦争で本土防衛の「捨て石」となった記憶は、今も多くの県民の脳裏に残る。日本の安全を守るためとして、この島の人々にまたも大きな犠牲を強いることが正義にかなうのか。

5月15日。改めて沖縄の歴史と未来を考える日としたい。
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2018年05月14日

[朝日新聞] 成人年齢18歳 若者狙う商法に備えよ (2018年05月14日)

成人年齢を20歳から18歳に引き下げる民法改正案の審議が、先週、衆院法務委員会で始まった。今国会で成立すれば、1876(明治9)年の太政官布告によって「20歳」と定められて以来、約140年ぶりに成人の定義が変わることになる。

時代を画する法案なのに、本会議での趣旨説明と質疑は大半の野党が欠席したまま、先月末に行われた。森友・加計問題などで国会が混乱するなか、与党が議事の進行を優先した。委員会には「日程ありき」ではなく、丁寧な審議を望みたい。

選挙権年齢はすでに18歳になっている。若い世代が社会の一員としての自覚をもち、早くからさまざまな活動に参加することには大きな意義がある。

だが現状では、引き下げがもたらす弊害への手当てが十分とはいえない。

最も心配されるのは消費者被害だ。成人になれば、保護者の同意なしに、契約を結んだりクレジットカードを作ったりできるようになる。悪徳商法にねらわれる恐れが大きい。

国民生活センターによると、20歳を境に消費者被害の相談件数が急増する。「ローン・サラ金」や「エステ契約」などが相談内容の上位になり、被害額も大きくなる。民法が変われば、18・19歳が新たなターゲットになると専門家は見ている。

政府も手をこまぬいているわけではない。経験不足につけ込んで、恋愛感情を利用したり不安をあおったりして結ばれた契約を、消費者が取り消せるようにする消費者契約法改正案を、この国会に提出している。

だがカバーできる範囲は限られる。路上などで呼び止めて勧誘するキャッチセールスや、マルチ商法による被害が救済できない可能性がある。知識不足から高額な商品を買ってしまった場合などにも取り消しを認める案も検討されたが、業者側の異論が強く、見送られた。

内閣府におかれた消費者委員会や日本弁護士連合会は、こうした抜け穴の是正を求める意見を明らかにしている。これらも参考に国会で議論を深め、対策の強化につなげてほしい。あわせて、業者が若者にお金を貸すときの審査をより厳しくするなど、法改正を必要としない取り組みも進める必要がある。

ほかにも、成人式の時期をいつにするのがいいかなど、人々が関心を寄せる問題は数多い。

準備期間を経て、4年後の実施を目指す政府は先月、関係する省庁の連絡会議を設けた。多様な視点から検討を進め、万全の態勢で新成人を迎えたい。
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[朝日新聞] アジア生態系 わがこととして考える (2018年05月14日)

「アジア・太平洋地域では、急速な経済発展にともなって生態系が壊されつつあり、このままでは生物多様性が損なわれてしまう」「自然と調和した経済成長が求められる」――。

科学者らでつくる国連の組織(IPBES)が先ごろ、そんな報告書をまとめた。

日本にとっても他人事で済ませられない内容だ。まずは事実を知ることから始めたい。

IPBESは6年前に設立され、120を超す国が加わる。生態系の現状などを科学的に分析し、その結果を加盟国の政策づくりに役立ててもらおうという「ご意見番」である。

報告書によると、魚介類の養殖の9割がアジア・太平洋地域に集中し、海の環境保全に悪影響を及ぼしている。漁船による乱獲もはびこり、30年後には水産資源が枯渇する恐れがある。

また、東南アジアでは、農林業やバイオ燃料の製造、エビの養殖池をつくるためのマングローブの伐採などによって森林が減り、動物のすみかが失われている。25%もの固有種が絶滅の危機に直面しているという。

ひるがえって私たちの日常に目を向けてみよう。

スーパーの売り場には、ベトナムやタイから輸入された鮮魚や、日本人が大好きなエビがたくさん並ぶ。建築現場では、マレーシアやインドネシアの熱帯雨林を伐採した木材が使われている。多くの食品やせっけんに欠かせないパーム油もまた、森林を切り開いて栽培したアブラヤシから採ったものだ。

日本の社会やくらしは、東南アジアの海や川、森と密接につながっている。報告書の指摘と忠告を、自分たちの問題として考えなければならない。

「そう言われても、何をすればいいのかピンとこない」という声が聞こえてきそうだが、できることは少なくない。

農水産物、木材、パーム油などにはそれぞれ、持続可能な生産と供給を認証する国際制度がある。企業はこの認証を受けたものを輸入する。消費者は少々値が張っても認証商品を求めるように心がける。食品や日用品を必要以上に買わず、特に食材は地元の旬のものを選ぶ。

そうした積み重ねが、アジアの環境への負荷を軽くすることを認識したい。

政府はこれまで、専門家を派遣したり、技術支援機関を国内に誘致したりして、IPBESの分析と評価に積極的に関わってきた。資金面でも加盟国の中で7番目の貢献をしている。引き続き「ご意見番」の活動をしっかり支えていく責任がある。
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2018年05月13日

[朝日新聞] 米の中東政策 希望を摘み取る危うさ (2018年05月13日)

光と影が悲しいほど先鋭に隣り合わせになっている。

地中海に面し、関東地方の広さに満たない土地を分け合うイスラエルとパレスチナである。

イスラエル建国から14日で70年となる。パレスチナ人にとっては、住む場所を失い、難民となる苦難の年月であった。

4度の中東戦争を経て、いまやイスラエルは世界有数のIT国家としてめざましい経済発展をとげた。一方、パレスチナ人はいまだ自分たちの国を持てず、各地に散ったままだ。

あまりに非対称なこの状況に出口がみえなければ、パレスチナ人の絶望は再び暴力に転化しかねない。隣国レバノンの武装組織やイスラエルと敵対するイランなども巻き込めば、深刻な武力衝突に発展するだろう。

その緊張を和らげ、中東和平を築くには、最も影響力を持つ米国の仲介が欠かせない。歴代米政権は、双方の間でさまざまな対話の試みを重ねてきた。

ところがトランプ大統領は建国70年に合わせ、米国の大使館をテルアビブからエルサレムに移す。イスラエルの首相らを招き盛大な式典を開くという。

イスラエルはエルサレムの一部を軍事占領したまま「首都」と宣言した。国際社会は認めず米国を含めすべての国が大使館をテルアビブに置いてきた。

なのに移転を強行するのは、一方の紛争当事者への露骨な肩入れであり、パレスチナの希望の芽を摘む。もはや仲介者になりえず、無責任すぎる。

イスラエルと平和に共存するパレスチナ国家をつくる。この「二国家解決」を米国は主導し、国際社会も支持してきた。

だがトランプ氏は一方的に基本姿勢を変えた。「過去の方策は失敗した」と言うが、ならば新たな具体策を示すべきだ。

25年前のオスロ合意でパレスチナの自治が始まったとき、解決への道が開いたと思われた。

しかし自治の現状はどうか。

ヨルダン川西岸とガザに分断され、西岸の多くはイスラエルが管理している。人々は移動の自由さえままならない。

国際法に反したイスラエルによる入植が進み、その人数は約60万に達した。「テロ対策」として作られた分離壁は450キロメートルに及ぶ。

懸念すべき数字がある。昨年末の世論調査で、ガザと西岸のパレスチナ人の60%が「二国家解決は実現不可能だ」と答えたのだ。半年で8ポイントも増えた。

日本を含む国際社会には、米外交が修復されるまで、粘り強くパレスチナ人の希望をつなぎとめる努力が求められる。
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