2017年04月12日

[朝日新聞] 長期勾留 沖縄事件機に再点検を (2017年04月12日)

基地建設に抗議する活動に参加し、威力業務妨害や傷害の罪で起訴された沖縄平和運動センター議長・山城博治被告の裁判が那覇地裁で開かれている。

事件が注目されたのは、証拠隠滅のおそれを理由に議長の身柄拘束が昨秋の最初の逮捕から5カ月に及び、「運動つぶしをねらった長期勾留だ」との批判が寄せられたためだ。

どんな証拠関係になっているのか、詳細はわからない。

だとしても、罪に問われた行為は警察官や防衛省職員、市民の前でおこなわれ、ビデオ映像も残っている。そんな状況で、どのような隠滅工作が具体的に想定されたのか。それは、起訴内容や情状の核心にどの程度かかわるものだったのか。

疑問がぬぐえぬまま、先月の初公判後に保釈の決定が出た。それでも検察は異議を唱え、裁判所に退けられたとはいえ、不信をいっそう深めた。

一般論でいえば、裁判実務は身柄拘束の必要性を慎重に吟味する方向に進んでいる。

きっかけは裁判員制度だ。

わかりやすい審理にするためには、争点をはっきりさせ、証拠と主張をしぼり込む必要がある。弁護人と十分に準備できるよう、被告をなるべく自由な境遇におくべきだ――。そんな考えがひろがり、裁判員裁判の対象でない事件や、起訴される前の容疑者段階での身柄の扱いにも影響は及んでいる。

最高裁も近年、犯行を否認している痴漢の容疑者の勾留を、職権を発動して取り消すなどの決定をあいついで出している。その中で、証拠を隠滅する抽象的な「おそれ」では足りず、現実的可能性があるかどうかを厳格に判断すべきだという考えを示し、注目された。

もちろんこうした流れがあるからといって、勾留をめぐる問題が解消したわけではない。山城議長の例をふくめ、必要性に疑問のある拘束が数多くおこなわれているとの声は強い。担当する裁判官の意識や個性によって判断の幅が大きいとの指摘もあり、司法に対する疑念を生む原因の一つになっている。

身柄の拘束は、人を肉体的にも精神的にも追いつめる。「人質司法」という恥ずかしい言葉が示すように、捜査当局がこれを自白を迫る手段に使ってきたのはまぎれもない事実だ。

裁判官、弁護士、検察官が勉強会を開いて意見をかわすなかで、運用が明らかに変わった例もある。山城議長の事件で勾留のあり方に改めて注目が集まったのを機に、法曹界でさらに議論が深まることを期待したい。
posted by (-@∀@) at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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