2017年03月10日

[産経新聞] 【主張】学術会議の声明案 軍事科学研究なぜ認めぬ 「国民を守る」視点で見直しを (2017年03月10日)

左右の全体主義と戦った戦前の思想家、河合栄治郎は「学問に国境はなく、学者に祖国あり」という、フランスの細菌学者、ルイ・パスツールの言葉を好んだ。

学問の自由とは何か。いま改めて問われる課題が浮上した。科学者の代表組織、日本学術会議の委員会がまとめた声明案のことである。軍事目的の研究をしないことを掲げた昭和25年と42年の方針を「継承」しようとしている。

半世紀ぶりの改定にあたり、あまりにも国や国民を守る視点が欠落している。

抑止力構築を妨げるな

すでに政府と大学機関などの間では、軍民両用の先端研究をすすめる態勢が構築されつつある。

これを反対派が一気に巻き返そうとする思想闘争の気配も感じ取れる。両用研究に賛同する研究者をもしばる声明案が、「自由」といかに相いれないものかを考える必要がある。

学術会議は軍事科学研究を忌避するこの声明案を4月の総会で決定しようとしている。

防衛省は平成27年度から、軍事と民生の双方に活用できる先端研究を公募し、資金提供する「安全保障技術研究推進制度」を運用している。声明案はこの制度を批判し、大学などの研究機関に、所属研究者の応募を審査する仕組みをつくるよう促した。専門学会に対しては指針策定を求めた。

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声明に法的な拘束力はないとはいえ、その影響力は小さくない。日本を守るための軍事科学研究を行おうとしても、大学の審査制度が一律にこれを妨げる方向で運用される恐れさえある。応募したい研究者の意向は封じられる。

学術会議は、過去2度にわたって軍事科学研究を否定する声明を発し、これが日本の科学技術研究の基本原則とみなされてきた。

「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」(昭和25年4月)と「軍事目的のための科学研究を行わない声明」(42年10月)である。

2つの声明と今回の声明案に共通するのは、侵略を未然に防ぎ、戦争を回避する抑止力の意義を認めない点だ。国民が期待する自衛隊の意義を否定するに等しい。

国と国民を守るうえで、外交努力が必要なことは無論だ。同時に、他国から軍事力を背景とした挑発を受けても、それに屈せず、反撃も辞さない能力を備えておくことは当然である。

有効な防衛装備を整えるため、科学者、技術者の知見は極めて重要なものである。それが世界の民主主義国の常識であり、平和を保つ道になっている。

日本をとりまく安全保障環境は厳しさを増す一方だ。北朝鮮は、在日米軍基地への攻撃演習と称して、弾道ミサイル4発を同時発射した。自衛隊の現有装備ではすべては撃ち落とせない厳しい現実が突きつけられたばかりだ。

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曲解による制度批判だ

中国は、空母など海空軍の戦力増強を急いでいる。米国防総省の中国に関する年次報告書(2016年)は、中国が、軍事的応用が可能な航空宇宙、情報技術、ナノテクノロジーなど5分野への科学研究計画を推進中と指摘する。

防衛、安全保障は、外国との科学技術競争の側面を見落としては成り立たない。

先進的技術を防衛態勢の充実に役立てなければ、抑止力は相対的に低下し、危機は高まる。万一の際、自衛隊員や国民の被害が増すことを意味する。

学術会議や大学が軍事科学研究を忌避し、結果的に喜ぶのは誰かを考えてほしい。

声明案が「政府による介入が著しく問題が多い」と批判した防衛省の技術推進制度は、軍民両用技術の発展を促すものだ。公募制であり、研究者の自律性を尊重し、成果は公表、利用できる。国民の税金を投入するため経過の報告を課しているが、これを「介入」とするのは言いがかりに近い。

平成25年に閣議決定された国家安全保障戦略では、軍民両用技術などの強化に「産官学の力を結集」するとされた。28年には「国家安全保障上の諸課題への対応」を盛り込んだ第5期科学技術基本計画が定められた。

学術会議は法律で設置され、国の予算で運営される。その自主性は尊重されるとしても、国の平和、国民の安全を追求する戦略や計画の意義を一顧だにしない姿勢には違和感を禁じ得ない。
posted by (-@∀@) at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 産経新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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