2017年02月28日

[産経新聞] 【主張】米政権とメディア 「報道の自由」敵とするな (2017年02月28日)

合衆国憲法修正第1条は、言論・報道の自由を規定している。これにまつわるホワイトハウス記者会主催の夕食会が、約100年にわたり続けられており、歴代大統領は出席してきた。

だが、トランプ氏は欠席を伝えた。今の政権とメディアとの関係を象徴するものだ。

政権に批判的な報道を繰り返すとして、CNNテレビなどの一部メディアがスパイサー大統領報道官への取材から締め出された。

根っこには、自分に都合の悪い報道を「フェイク(偽)ニュース」と呼び、そのメディアを「国民の敵」と決めつけるトランプ氏の誤った判断がある。

政権の立ち上がりで思い通りにいかないことも多かろう。だが、八つ当たりのようなメディア敵視は何の役にも立たない。そのことに早く気付いてほしい。

普遍的な価値である言論・報道の自由を軽視すれば、民主主義を危うくする。

見逃せないのは、トランプ氏が内部情報をリークした情報源を明らかにするようメディアに要求している点だ。情報源の秘匿は報道倫理上の鉄則で、メディアの生命線でもあり、応じられない。

トランプ氏は記者会見を疎んじ、ツイッターから一方的に情報を流す手法も変えていない。

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報道に納得がいかないなら、会見で大いに反論すればよい。指摘された疑問点を的確に説明するのが苦手だというなら、それは指導者としての資質にかかわる。

報道機関は国民の「知る権利」を背に「知らせる義務」を負っている。最も重要な役割は、最高権力者が何をしているのかを監視することにある。いきおい、政権とメディアが衝突する。緊張関係にあること自体は普通だ。

とりわけ米国では、権力側からの圧力を受けながら、言論・報道の自由を守ってきた歴史がある。代表例には、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件が挙げられよう。

権力側にとっては、はなはだ煙たい存在であるに違いない。そうでなくては、メディアも存在意義を失う。対立しながらも透明性を保ち、批判に耐えうる政権であることこそ、民主主義国家としての強いアメリカにふさわしい。

ホワイトハウスの記者会見には日本メディアもアクセスしている。さらに状況を注視したい。
posted by (-@∀@) at 13:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 産経新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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