2017年03月10日

[東京新聞] 3・11とイチエフ廃炉 “非日常”がなおそこに (2017年03月10日)

六年たってもイチエフ廃炉の先は見えない。あらゆる命を拒む深い闇との境界で、手探りの危険な作業に挑み続ける人やロボットに、心を送り続けたい。

福島第一原発(イチエフ)から南に約二十キロ、高台に立つ楢葉遠隔技術開発センターは、巨大な何かの格納庫を思わせる。

通称モックアップ施設。モックアップとは実物大の模型のことで、廃炉の実動部隊であるロボットたちの、いわば訓練場である。

高速増殖原型炉の「もんじゅ」と同じ、日本原子力研究開発機構(JAEA)の運営だ。

建設費は約百億円。一昨年十月の開所式では、安倍晋三首相も祝辞を述べた。

ロボットの動きを確認する試験棟には、原子炉格納容器の下部にあるドーナツ型の圧力抑制プールの一部が実物大で再現された。

高さ五・五メートル、直径四・五メートルの円筒形の水槽や、高さ七・五メートルのモックアップ階段などもある。

昨年の秋にセンターを訪れた。

鉄腕アトムのような雄姿はもちろんない。巨大化した昆虫にも見えるロボットが、ぎくしゃくと階段を昇降し、障害物を乗り越える地道な訓練を積んでいた。

先月、その中の恐らくエースが、2号機内部の探査に投入された。国際廃炉研究開発機構(IRID)と東芝が共同で開発したサソリ型の自走式ロボットだ。前後に二台のカメラを積んでいた。

「溶け落ちた核燃料(デブリ)を初めて間近で確認できる」と、関係者は意気込んだ。

デブリの実態把握こそ、“百年仕事”ともいわれる廃炉作業本番の、はじめの一歩だからである。

ところが、生身の人間なら一分足らずで死に至るという放射線の嵐の中で、わずか二メートルしか進めずサソリは力尽き、動けなくなってしまった。

「失敗とは認識していない」と東京電力側は言い繕う。だが、エースの仕事としては、明らかに期待外れだったというのが、直視すべき現実だ。

放射線とはエネルギーの固まりだ。分子の結合を破壊して、電子回路を短時間で劣化させる威力がある。人間の細胞をがん化させるのとメカニズムは同じである。

人はもちろん、ロボットさえも、決死の覚悟で赴かなければならないような環境が、あの日から六年を経た今もそこにある−。これがサソリの遺言なのだ。

廃炉作業の最前線にも、日常が戻り始めているという。


◆ささやかなこの日常
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一昨年三月、原発のある大熊町内に給食センターが開設された。

イチエフで働く約七千人の作業員が、温かいランチを食べられるようになったという。

昨年三月には、構内の大型休憩所にコンビニがオープンした。

甘いシュークリームが一番人気。作業の疲れを癒やしてくれる。缶飲料や弁当、雑誌類は見当たらない。かさばる“ごみ”が増えるといけないからか。日常という言葉は実はとてつもなく重い。

目の前に、人もロボットさえも近づくことのできない「死地」があり、傍らに先の見えない作業に追われる日々がある。門の外にはこの六年、時間が凍結したまま人影のないまちがある。これこそ戦闘のない戦場ではないか。閉ざされた世界と時間の中で過酷な作業を続ける緊張が、コンビニのカップ麺にも、日常を感じさせるのだろう。

六年を経てなお、門の向こうに未知の危険があって、それが永く続く恐れもあることを、私たちは忘れるべきではない。

戦いは始めるより、収める方がはるかに難しい。私たちは、消し尽くすすべを持たないままに原子の火をともし、増やし続けてきたのである。


◆共感をハートに込め
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名古屋市に住むイラストレーターの茶畑和也さん(61)は、六年前の三月二十八日以来毎朝一点、ハートをモチーフにしたイラストを描き、福島に向けてネットで配信し続けている。

震災翌年、福島県いわき市で開いた展示会には多くの廃炉作業員が訪れた。

六年変わらず、日々「忘れない」との思いを込めて、あすで二千百七十七点目。「人ごとではない」という気持ちから、老朽化した高浜原発の廃炉を求める市民の会の共同代表も引き受けた。

人の命や暮らしを尊ぶハートがあれば、今、原発は動かせない。
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[産経新聞] 【主張】学術会議の声明案 軍事科学研究なぜ認めぬ 「国民を守る」視点で見直しを (2017年03月10日)

左右の全体主義と戦った戦前の思想家、河合栄治郎は「学問に国境はなく、学者に祖国あり」という、フランスの細菌学者、ルイ・パスツールの言葉を好んだ。

学問の自由とは何か。いま改めて問われる課題が浮上した。科学者の代表組織、日本学術会議の委員会がまとめた声明案のことである。軍事目的の研究をしないことを掲げた昭和25年と42年の方針を「継承」しようとしている。

半世紀ぶりの改定にあたり、あまりにも国や国民を守る視点が欠落している。

抑止力構築を妨げるな

すでに政府と大学機関などの間では、軍民両用の先端研究をすすめる態勢が構築されつつある。

これを反対派が一気に巻き返そうとする思想闘争の気配も感じ取れる。両用研究に賛同する研究者をもしばる声明案が、「自由」といかに相いれないものかを考える必要がある。

学術会議は軍事科学研究を忌避するこの声明案を4月の総会で決定しようとしている。

防衛省は平成27年度から、軍事と民生の双方に活用できる先端研究を公募し、資金提供する「安全保障技術研究推進制度」を運用している。声明案はこの制度を批判し、大学などの研究機関に、所属研究者の応募を審査する仕組みをつくるよう促した。専門学会に対しては指針策定を求めた。

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声明に法的な拘束力はないとはいえ、その影響力は小さくない。日本を守るための軍事科学研究を行おうとしても、大学の審査制度が一律にこれを妨げる方向で運用される恐れさえある。応募したい研究者の意向は封じられる。

学術会議は、過去2度にわたって軍事科学研究を否定する声明を発し、これが日本の科学技術研究の基本原則とみなされてきた。

「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」(昭和25年4月)と「軍事目的のための科学研究を行わない声明」(42年10月)である。

2つの声明と今回の声明案に共通するのは、侵略を未然に防ぎ、戦争を回避する抑止力の意義を認めない点だ。国民が期待する自衛隊の意義を否定するに等しい。

国と国民を守るうえで、外交努力が必要なことは無論だ。同時に、他国から軍事力を背景とした挑発を受けても、それに屈せず、反撃も辞さない能力を備えておくことは当然である。

有効な防衛装備を整えるため、科学者、技術者の知見は極めて重要なものである。それが世界の民主主義国の常識であり、平和を保つ道になっている。

日本をとりまく安全保障環境は厳しさを増す一方だ。北朝鮮は、在日米軍基地への攻撃演習と称して、弾道ミサイル4発を同時発射した。自衛隊の現有装備ではすべては撃ち落とせない厳しい現実が突きつけられたばかりだ。

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曲解による制度批判だ

中国は、空母など海空軍の戦力増強を急いでいる。米国防総省の中国に関する年次報告書(2016年)は、中国が、軍事的応用が可能な航空宇宙、情報技術、ナノテクノロジーなど5分野への科学研究計画を推進中と指摘する。

防衛、安全保障は、外国との科学技術競争の側面を見落としては成り立たない。

先進的技術を防衛態勢の充実に役立てなければ、抑止力は相対的に低下し、危機は高まる。万一の際、自衛隊員や国民の被害が増すことを意味する。

学術会議や大学が軍事科学研究を忌避し、結果的に喜ぶのは誰かを考えてほしい。

声明案が「政府による介入が著しく問題が多い」と批判した防衛省の技術推進制度は、軍民両用技術の発展を促すものだ。公募制であり、研究者の自律性を尊重し、成果は公表、利用できる。国民の税金を投入するため経過の報告を課しているが、これを「介入」とするのは言いがかりに近い。

平成25年に閣議決定された国家安全保障戦略では、軍民両用技術などの強化に「産官学の力を結集」するとされた。28年には「国家安全保障上の諸課題への対応」を盛り込んだ第5期科学技術基本計画が定められた。

学術会議は法律で設置され、国の予算で運営される。その自主性は尊重されるとしても、国の平和、国民の安全を追求する戦略や計画の意義を一顧だにしない姿勢には違和感を禁じ得ない。
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[日経新聞] 規制改革進め利便性の高い卸売市場に (2017年03月10日)

政府・与党は農業競争力強化プログラムで卸売市場法を抜本的に見直し、合理的な理由のない規制を廃止する方針を打ち出した。食料流通の変化に合わせ、利用者の視点を重視し、使いやすい卸売市場に変えてもらいたい。

全国に64ある中央卸売市場や約千の地方卸売市場は、食料が不足していた時代に公平な分配機能を担うために作られた仕組みだ。しかし、現在では卸売市場を通らず、生産者が消費者や小売店へ直接販売する食品も多い。

トラック輸送網が整備され、インターネットで情報を共有できるようになったことを踏まえれば、東京都内だけで11もある中央卸売市場は過剰だ。政府や自治体は思い切った統廃合を進めるべきだ。

卸会社の販売先や仲卸の調達先を縛る規制、取引する商品を市場内に運び込まなければならない「商物一致の原則」などは時代に合わない。利便性の向上や合理化、農業改革の妨げとなる規制はすべて見直す必要がある。

食品の流通コストとなる卸売手数料は2009年に自由化された。だが、水産物で5.5%、野菜が8.5%といった手数料に変化はない。今年に入り、花き卸の最大手が4月の手数料引き下げを決めたのが初めてだ。

規制改革とともに業界の横並びの体質も改め、市場間、卸会社の間で手数料やサービスの質を競うべきだ。どこの流通経路に出荷するのが有利なのか、生産者が一目で分かるように情報開示の体制も整えてもらいたい。

中央卸売市場の開設者を自治体に限る卸売市場法の規定も、食料分配の発想を引きずっている。豊洲市場が備える温度管理の設備などは時代の要請だが、これほど巨大な施設が必要だったのかについては卸の間でも疑問の声が多い。

求められるのは安全で、使いやすく、経費を最小限に抑えた卸売市場だ。

豊洲市場が抱える安全性の問題も、背景には開設者の東京都が市場の利用者やその先にいる消費者の視点を欠き、安全対策と情報公開をおろそかにしていたことがある。都が開場前から年100億円近い赤字運営を試算する卸売市場は持続可能といえない。

旧態依然とした発想で市場を運営しているようでは、箱物行政から抜け出せない。地方卸売市場のように民間での開設、運営を考えるときだ。
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[日経新聞] 理事長らの国会招致が必要だ (2017年03月10日)

大阪府豊中市の国有地が学校法人「森友学園」に評価額より大幅に安く売却された問題で、野党が関係者の国会招致を求めている。連日の審議でも疑問がすべて解消したとはいえない。与党は取引の経緯や政治家の関与の解明に向けて招致に同意すべきだ。

民進、共産、自由、社民の野党4党は、学園の籠池泰典理事長、当時の財務省理財局長ら6人の参考人招致を要求した。日本維新の会の松井一郎代表(大阪府知事)も招致が必要だと発言している。

一方、与党は「民間人であり慎重な対応が必要だ。違法性は確認されていない」と拒んでいる。

森友学園は小学校の建設用地として9千平方メートル近い国有地を1億3400万円で購入した。不動産鑑定士の評価額は9億5600万円で、地中のごみ撤去費用として8億円強を減額した。国有地の売却は高い透明性と公平性が求められる。学園と近畿財務局の交渉記録は残っておらず、政府のこれまでの説明では不十分だ。

まず知りたいのは売却価格を大きく下げる根拠となったごみ撤去費用の算定方法の妥当性だ。国民の大切な財産を、外部の見積もり無しで売却した判断は正しかったのか。学園が国や大阪府に提出した書類で校舎の建築費用が食い違っている問題も明らかになった。

学園から働きかけを受けた政治家は、自民党の鴻池祥肇参院議員や大阪維新の会の府議のほかに本当にいないのか。学園は「安倍晋三記念小学校」の名称で寄付を募り、首相の昭恵夫人を「名誉校長」として紹介していた。様々な疑惑の真相を究明するのは国会の重要な役割である。

政府は8日、学園が運営する幼稚園で昭恵夫人が2015年に講演した際に同行した政府職員に関して「私的活動」との国会答弁を「公務だった」と訂正した。首相夫人の行動は公私を問わず注目を集める。権力を利用しようと近づいてくる個人や団体も多く、言動が責任を伴うことへの自覚がどれだけあったのか疑問が残る。
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[毎日新聞] 大震災から6年 福島の声をどう聴くか (2017年03月10日)

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死者と行方不明者合わせて2万人近くが犠牲になった東日本大震災からあすで丸6年になる。

被災地は復興の途上にあるが、東京電力福島第1原発事故に見舞われた福島県の苦難は現在進行形だ。

震災前202万人だった福島県の人口は190万人を割り込んだ。県内外に今も8万人近くが避難し、避難先は全都道府県にわたる。原子力災害の悲惨さは、6年の歳月を経てなお目の前に立ちはだかる。

この1年で最も被害の奥深さを気付かせられたのが、原発事故後に家族とともに避難した子供に対するいじめの問題だ。


避難いじめの深刻さ
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避難者いじめの問題を提起したのは、福島県から横浜市に自主避難してきた中学1年の男子生徒のケースだった。生徒は小学生時代に「菌」扱いされ殴られたり、150万円ものお金をせびられたりしていた。

「いままでなんかいも死のうとおもった。でも、しんさいでいっぱい死んだからぼくはいきるときめた」

生徒はそう手記に書いた。

いじめの背景に何があったのか。

生徒と接触を続ける飛田桂弁護士は「学校は社会の縮図。子供は大人を見て弱い者を狙う」という。

避難してほどなく、生徒の家族は嫌がらせを受けていた。ゴミが福島ナンバーの車の上に捨てられたり、ポストに「福島県民は出て行け」との文書が投げ込まれたりした。

横浜の避難いじめが表に出てから、同様のいじめが次々に明らかになった。千葉では子供が「放射能がきた」といった心ない言葉を同級生から浴び、新潟では児童が担任に「菌」を付けて呼ばれていた。

福島県から全国に避難している児童・生徒は、昨年5月時点で約7800人に上る。表面化していないいじめがある可能性がある。

福島からの避難者の相談に乗る弁護士によると、差別や嫌がらせを避けるため、福島から来たことを悟られないようにひっそりと生活する人は今も多いという。

原子力災害により、古里を追われたうえに、いわれのない差別やいじめといった二重の被害を受ける。それは理不尽というほかない。

この春には、自主避難者にとって大きな制度の変更が迫っている。

福島県が避難先の自治体を通じて行ってきた住宅の無償提供が今月で打ち切られるのだ。避難者の帰還を促すのが目的とされる。

しかし、自主避難者の相談に乗る「避難の協同センター」の瀬戸大作事務局長の携帯電話には、「家が決まっていない」といったSOSが先月から相次いで寄せられている。

無償提供打ち切りの対象となる自主避難者は、福島県の集計で約2万6600人だ。福島の避難者全体の3分の1に及ぶ。

避難指示区域の避難者と異なり、自主避難者には東京電力からの定期的な賠償金はなく、住宅の無償提供が公的支援の柱だ。福島県は一昨年6月に打ち切りを決めた。除染が進み生活環境が整ったとの理由だが、仕事や子供が学校に慣れたことを理由に帰らない決断をする人もいる。

福島県いわき市から自主避難し、埼玉県毛呂山町に子供2人と住む河井加緒理さん(35)は、子供の学校を優先してとどまることを決めた。苦しい生活の中で、住宅の提供を受けることの意味は大きかっただけに、打ち切りはショックだった。


復興に必要な地域の絆
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河井さんのような母子避難や二重生活を余儀なくされている人も珍しくない。避難者の生活実態に即した対応が必要だ。

福島県が無償提供を打ち切った後、独自の予算で4月以後も無償提供を続けたり、有償での優先入居枠を設けたりするなど支援を継続する自治体もある。このままでは、避難先によって避難者間に大きな差がつくことになる。国が調整に乗り出すべきではないか。

一方で、政府指示の避難区域で新たな動きがある。

飯舘村や浪江町などの避難指示が近く、帰還困難区域を除き解除される。対象は3万人以上だ。だが、既に避難指示が解除された地域の帰還率は1割程度にとどまる。

南相馬市の小高区は昨年7月に先行して避難指示が解除された。いまだ人の姿はまばらだ。震災当時のままの荒れた家屋も目立つ。帰還するのは高齢者ばかりだと町の人は言う。戻った人の生活と健康を守る取り組みの必要性を痛感する。

それでも地域の営みは少しずつ戻りつつある。小高区では小、中、高校が4月に再開する。

将来の町づくりのため、福島に暮らす人と避難者の結びつきをどう保つのかも問われている。

小高区に長く住む広畑裕子さんは、小高で働く人たちを紹介するカラーのパンフレットを毎月発行し、県外避難者らにも送り続けている。小高のいまを知ってほしいとの思いからだという。

帰った人、これから帰る人、帰らない人……。原発事故さえなければ、同じ故郷で暮らしていたはずの人たちだ。問われているのは、その人々の声を、政府が、自治体が、そして私たち一人一人がどう聴くかだ。
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[朝日新聞] 被災地支援 全自治体で相互協定を (2017年03月10日)

東日本大震災の復旧・復興の現場で、全国の自治体職員が活躍している。この6年で延べ9万人以上が駆けつけた。

阪神大震災がボランティアの活動領域を広げたように、東日本大震災は自治体職員の出番を増やした。津波で流された市街地の再建などで、行政の知識と経験が求められたからだ。

その結果、自治体同士の支援連携が劇的に拡大、深化した。

関西広域連合のカウンターパート方式が一例だ。大阪府と和歌山県が岩手県を、兵庫、鳥取、徳島県が宮城県を、京都府と滋賀県が福島県を担当した。支援内容の重複を避けつつ、継続的に対応してきている。

名古屋市による岩手県陸前高田市への「行政丸ごと支援」など、さまざまな自治体間の協力関係も生まれている。政府が派遣費用などを実質的に負担している下支えも大きい。

ただ、派遣元の自治体は応援態勢を縮小しつつある。住宅や商店が再建されて復興の姿が見え始めているのに加えて、熊本地震での応援要請を受けている事情もある。

しかし、東北の復興事業はなお進行中だ。震災6年の朝日新聞の被災自治体・首長アンケートでは、「復旧復興が遅れている理由」のトップが「職員の人手不足」だった。さらに減らされれば事態は深刻だ。

この6年間で、自治体職員が即戦力として復興に貢献できることは証明された。とくに都市計画や建築、下水道などの技術職は、将来の大災害の復興現場でも欠かせない。

だから提案する。

全国1700余のすべての自治体に、災害時に援助しあう相互支援協定を網の目のように張り巡らそう。すでに一部の自治体同士で締結されているが、それを日本中に広げるのだ。

まずは、都道府県や政令指定市、人口20万以上の中核市から始めてはどうか。

なるべく同規模の自治体をパートナーに選ぶ。同時に被災しないよう、遠隔地の二つ以上と提携する。送り込む人材、物資の計画を準備しあう。定期的な職員の相互訪問も必要だろう。顔見知りで土地勘があった方が、対応しやすいはずだ。

全国知事会や全国市長会などが、マッチングを主導できるのではないか。むろん政府も資金面を含めて協力すべきだ。

自治体が互いに連携を深め、支援態勢を準備しあう仕組みを、全国規模でつくる。

そんな「人間による国土強靱(きょうじん)化」こそが、東日本大震災から学ぶべき対策だと考える。
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[朝日新聞] 教育勅語肯定 稲田大臣の資質を問う (2017年03月10日)

稲田防衛相に閣僚としての資質があるのか。重大な疑義を抱かざるを得ない発言である。

稲田氏は8日の参院予算委員会で、戦前の教育勅語について次のように語った。

「日本が道義国家を目指すというその精神は今も取り戻すべきだと考えている」

「教育勅語の精神である道義国家を目指すべきであること、そして親孝行だとか友達を大切にするとか、そういう核の部分は今も大切なものとして維持をしているところだ」

天皇を頂点とする国家をめざし、軍国主義教育の根拠となったのが教育勅語だ。明治天皇直々の言葉として発布され、国民は「臣民」とされた。

親孝行をし、夫婦仲良く。そんな徳目が並ぶが、その核心は「万一危急の大事が起こったならば、大儀に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為(ため)につくせ」(戦前の文部省訳)という点にある。

いざという時には天皇に命を捧げよ――。それこそが教育勅語の「核」にほかならない。

稲田氏のいう「道義国家」が何なのかは分からない。ただ、教育勅語を「全体として」(稲田氏)肯定する発言は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重という憲法の理念と相いれない。

教育勅語は終戦後の1948年、衆院で排除の、参院で失効確認の決議がされた。衆院決議は勅語の理念は「明らかに基本的人権を損ない、且(か)つ国際信義に対して疑点を残す」とした。

当時から、「いいことも書いてある」などとする擁護論もあった。これに対し、決議案の趣旨説明に立った議員は「勅語という枠の中にある以上、勅語そのものがもつ根本原理を、我々は認めることができない」と言い切っている。

当時の文相も「教育勅語は明治憲法を思想的背景としており、その基調において新憲法の精神に合致しないのは明らか」と本会議で答弁した。

こうした議論を踏まえることなく、勅語を称揚する姿勢は閣僚にふさわしいとは思えない。

まして稲田氏は自衛隊を指揮監督する立場の防衛相である。軍国主義の肯定につながる発言は国内外に疑念を招く。

安倍政権では、教育勅語を擁護する発言が続く。2014年に当時の下村博文・文科相は、勅語が示す徳目について「至極まっとう。今でも十分通用する」などと語った。

こうした主張は政権全体のものなのか。安倍首相は明確な説明をすべきだ。
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[読売新聞] 学術会議声明案 技術に「軍事」も「民生」もない (2017年03月10日)

大学が自ら、科学技術の発展に歯止めをかけることにならないのか。

日本学術会議の委員会が、軍事研究に関する声明案をまとめた。

「軍事的」と見なされる可能性がある研究について、大学などに、「適切性を技術的・倫理的に審査する制度」を設けるように求めている。

研究内容によっては、審査で中止や修正を迫られよう。

学術会議の意見に拘束力はないものの、審査を促すこと自体、現場を萎縮させる。大学などは、声明案に慎重に対処すべきだ。

学術会議は、学者を代表する機関だ。先の大戦で科学者が戦争に関与した反省から、1950年と67年に、「軍事目的の研究を認めない」との趣旨の声明を発表している。それを継承する方針だ。

問題は、科学技術の研究を「軍事」と「民生」で切り分けられるかどうかである。

米軍の技術である全地球測位システム(GPS)は、カーナビに欠かせない。食品ラップや電子レンジなど、日常生活に溶け込んだ製品も、軍事技術に由来する。

技術の本質は、軍事と民生の双方で活用できる「デュアルユース」である。両面性を持つものを無理に分離すれば、応用範囲の広い有益な研究まで「軍事」の名の下に排除されることになろう。

学術会議の委員会が標的にしているのは、防衛省の「安全保障技術研究推進制度」だ。自衛、防災に役立ちそうな基礎研究に資金を提供している。防衛省は、成果の利用権を得る仕組みだ。

声明案は、自衛隊の装備開発を目的とする制度だと指摘する。

その上で、防衛省が進捗(しんちょく)状況を管理するため、「政府による研究への介入が著しい」と批判している。実態にそぐわない見解だ。

過去に採択されたテーマには「手のひらサイズのロボット開発」「有害ガス吸着シート開発」がある。実用化されれば、災害や火災現場などで活用できるだろう。

研究成果を自衛隊の装備に生かす場合には、防衛省自身が直接、応用技術の開発を手がける。

防衛省は、成果の発表や商品化は自由だと、制度の公募文書に明記している。成果には「介入」しない。公金を投じた研究である以上、他省庁と同様に、進捗状況をチェックするのは当然だ。

声明案は、4月の学術会議総会に諮られる。

高水準の科学技術は、安全保障上の抑止力になる。国益を踏まえて、なお議論を深めたい。
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[読売新聞] 避難者いじめ 心ない言葉の根を断ちたい (2017年03月10日)

原発事故で福島県から避難した子供へのいじめが絶えない。

被災地の体験を広く適切に伝えていくことが、偏見や無理解をなくす一助になるだろう。

福島県立ふたば未来学園高校の演劇部が先月、自作の劇を東京都内で上演した。「放射能がうつるって言われた」「震災があってから作り笑いをするようになりました」。こうした台詞(せりふ)は、生徒たちの実体験に基づいている。

この高校は一昨年春、福島第一原発から30キロ圏の広野町に開設された。小中学校時代、県内外に避難していた生徒が多い。

脚本には、複数の生徒が明かした、いじめの被害体験も盛り込まれた。震災後、各地で避難者に対する暴言などが横行し、子供たちが声を上げられずに我慢していた実態が浮かび上がる。

演劇を通じて、震災後の葛藤や希望を表現する高校生の姿は、多くの人が福島の現状を身近に考えるきっかけになったはずだ。

避難者いじめは、昨年11月に発覚した横浜市のケースを機に問題化した。男子生徒が「賠償金をもらっているだろう」などと言われ、遊興費を負担させられた。周囲の大人の避難者に対する偏見が影響した可能性は否めない。

都道府県教委などの調査によると、福島県外に避難した児童生徒へのいじめが、全国で少なくとも44件起きていた。

このうち7件では、「放射能が付くから近づくな」と言われるなど、震災との関連が確認されている。今年度の事案も含まれる。

新潟市の小学校では、教員が避難児童の名前に「菌」を付けて呼んだ。横浜のいじめが発覚した後だった。教員として、あまりにも無神経だと言わざるを得ない。

福島県外に避難している18歳未満の子供はなお約9000人に上り、避難生活の固定化が進む。

文部科学省は、いじめ防止基本方針に、避難した児童生徒への配慮を明記する方針だ。

教員間で情報を共有し、子供たちを見守ることが欠かせない。保護者が孤立しないよう、地域の相談体制の整備も求められる。

埼玉県加須市立騎西小学校では、避難児童を対象とした放課後学習会を震災直後から続ける。10日には、福島県から派遣されている教員が、地元の復興や放射線の知識について学年集会で語る。

防災教育を充実させることが、被災地への関心につながるという指摘もある。地道な取り組みの継続で、いじめの根を断ちたい。
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