2017年02月11日

[東京新聞] 天皇制と憲法 象徴の意味を考えて (2017年02月11日)

天皇の退位をめぐり政府の有識者会議が議論を進めてきた。一代限りの退位容認論が優位と伝えられる。天皇制と憲法の在り方を一から考えると−。

「脱出の自由はあるか」−。憲法学者の故奥平康弘氏は、そんな切り口から憲法の天皇条項を考えた人である。人間が不自由を強いられている場合、自由を回復できたらいいが、次善の策として、不自由な状況から抜け出す自由はあるのかと−。

そのとき、特権と不自由を天秤(てんびん)にかけて、天皇という特権を得ているのだから、不自由はがまんせよ−という論法を使ってはならない。そう奥平氏は指摘した。


◆お言葉に誠実に回答を
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退位のテーマは、この設問とどこか重なり合っているように思われる。確かに高齢を理由にした退位をがまんせよという論法は使えまい。天皇の意思表明に対しては、政治の側も国民の側も、誠実に回答すべきである。

自らビデオメッセージという異例の形で退位に言及されたのは、昨年八月八日のことだ。お言葉の中には重要なキーワードがいくつも登場する。

「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を日々模索しつつ過ごして来ました」「国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます」。そんなお言葉もあった。

「象徴」の言葉が何度も繰り返されていた。では「象徴としての行為」とは何であろうか。憲法は天皇の行為をこう定めている。

<天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない>

つまり憲法の条文には国事行為のみが書かれていて、象徴としての行為の定めがない。国事行為とは首相や最高裁長官の任命などだ。法律や条約などの公布。国会召集…。儀式もある。


◆公的行為にこそ意味が
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この一点をもって、天皇は国事行為さえすればいいという極論が発生する。だが、国事行為と象徴としての行為、そして私事の三つによって現在の天皇制は成り立っていると考える。

明治憲法では憲法より以前にあらゆる統治権を握った天皇が存在した。「天皇は神聖にして侵すべからず」と憲法条文にも書かれた。神の後継者でもあった。同時に憲法によって自己制限される仕組みだった。

日本国憲法においては、天皇の存在は憲法下にある。「日本国民の総意に基く」という憲法一条の定めは、天皇の地位の規定である。一九四六年の「人間宣言」によって、昭和天皇自ら現人神(あらひとがみ)であることも否定している。

それでは、国事行為以外の時間に天皇は何をしても自由であろうか。かつて、ある高名な憲法学者は一つの考え方を出した。天皇は国の一機関だから、国事行為以外の時間において、私人としては自由である。そんな解釈である。

だが、どこかおかしい。その解釈に立てば、天皇は私人としては例えば信教の自由を持つなど、一般人と近い自由が持てる。

だから、別の学者は天皇には国家の機関である以前に、まず象徴という地位があると考えた。日本国や国民の象徴という地位である。つまり、戦前は現人神、戦後は象徴という地位である。

「象徴としての行為」とは、それを具現化するためのいとなみであるといえよう。だから憲法に規定はないが、国事行為とも私事とも異なる重要な公的行為となる。

国民に寄り添い、苦楽をともにする。各地の被災地を見舞い、アジアの各国を慰霊のために旅をする。それら公的行為にこそ、天皇の象徴たりうる意味がある。

この公的行為が象徴性を支えていると考えるのが自然であろう。逆に言えば、どこにも天皇の姿が現れなくなり、国民の視界から天皇は消えれば、国民は象徴として考えにくくなりはしないか。

高齢のために象徴としての行為が十分にできなくなる−。そのため退位を望まれた天皇のお気持ちは十分に理解できる。人間誰もが高齢になれば活動量も落ちる。そのように考えると、一代限りの退位でよいのか疑問が湧く。


◆一世一元は明治から
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一世一元の体制は明治からで、それ以前は退位はしばしばあった。現在も西欧などの王室では高齢による退位はいくつもある。共同通信が一月下旬に行った世論調査では、政府が検討する一代限定の特別法への支持が26・9%で、恒久制度化する皇室典範改正への支持が63・3%を占めた。

世論調査はむろん一指標だとしても、また時間の制約はあるにせよ、この議論に「国民の総意」という憲法要素は不可欠である。
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[産経新聞] 【主張】建国記念の日 明治150年の意義考えよう (2017年02月11日)

明治元(1868)年から数えると、今年はちょうど「明治150年」にあたる。その年に迎える11日の「建国記念の日」を、とりわけ意義深く感じる人も多いことだろう。日本の創建を顧みることで、先行き不透明な現代を乗り切るための教訓をつかみたい。

日本書紀によれば紀元前660年、初代神武天皇が橿原(かしはら)宮(奈良県)で即位した。現行暦では2月11日となり、この日をもって日本の国造りが始まる。

その後の日本は一系の天皇を戴(いただ)きながら、営々と国を守り育ててきた。中世の元寇(げんこう)のように他国の侵攻も受けたが、民族が一丸となって国難をはね返した。

明治6年、政府は2月11日を紀元節と定め、国を挙げて祝うことにした。西洋列強の力を目の当たりにした当時の日本は、植民地にされるかもしれないという脅威の中で近代化が急がれていた。紀元節の制定には、いま一度建国の意義を学ぶことによって、国民に一致団結を呼びかける意味があったことに改めて思いを致したい。

先の敗戦で紀元節は廃止されたが昭和41年、これを引き継ぐ形で建国記念の日が祝日法に定められた。「建国をしのび、国を愛する心を養う」とうたわれてはいるものの、国民こぞってより良い日本を築きたいと願う雰囲気になっているだろうか。政府主催の記念式典は今年も開催されない。

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明治維新の立役者の一人だった坂本龍馬が暗殺される5日前に書いた手紙が見つかったと先月、発表され、明治150年にふさわしい話題となったが、手紙の中で龍馬が「新国家」という言葉を使っていることが特に目を引く。

研究者の一人は「龍馬の国造りにかける熱い思いを表すものだ」と解説する。近代国家・日本の夜明けは、龍馬のように国造りに命懸けの情熱を注いだ人たちによってもたらされたのである。

翻って現在、わが国に押し寄せている他国の脅威は、明治維新の頃にも匹敵すると言っても過言ではなかろう。中国は強大な軍事力を背景に日本領域の奪取を狙い、北朝鮮は核・弾道ミサイルの開発を強行している。脅威はまさに、目の当たりにある。

欧米諸国でも一国主義が広がるなど、世界情勢は全く先が見通せない。今こそ国民一丸となって、新しい「日本のありよう」を見つめ直すときではないか。
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[産経新聞] 【主張】PKO日報 情報管理の徹底を求める (2017年02月11日)

南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に関し、防衛省が「廃棄した」はずの資料が残っていたことが分かった。

これに反発した野党側が、部隊の撤退などを求めて紛糾している。

この資料は、派遣部隊が作成していた「日報」を指す。防衛省は情報公開請求に対して廃棄と説明してきたが、その後、統合幕僚監部に電子データが残っていることが分かったという。

公開できない部分の選定などに手間取り、見つかってから稲田朋美防衛相に報告するまでに1カ月を要した。菅義偉官房長官が「あまりにも怠慢だ。まず報告すべきで、厳重注意に値する」と指摘したのは当然だろう。

ずさんな文書管理について、防衛省・自衛隊は反省すべきだ。貴重な海外での活動を記した日報を陸上自衛隊が廃棄した、というのもあきれた話である。

そうだとしても、この問題を契機とした野党側の自衛隊撤退論は性急に過ぎる。

昨年7月の日報に、首都ジュバでの政府軍と反政府勢力の「戦闘」についての記述があった。

日本のPKOは、紛争当事者間の停戦合意などの参加5原則や憲法9条によって、「法的な意味での戦闘行為」があれば撤退を求められる。野党側は日報上の戦闘をこれと混同させている。

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南スーダンの反政府勢力は、5原則上の紛争当事者ではない。一定の領域を支配しておらず、「法的な意味での戦闘行為」に従事できる国家や「国家に準ずる組織」の性格は持っていない。

派遣部隊の安全確保は、軍事のプロで、実際に現場に立つ自衛隊の意見を参考に、政治が判断すべきことがらである。

河野克俊統幕長が「現場の部隊を責めるつもりはない」と会見で述べたのは当然だろう。日報に戦闘という言葉を用いたのは、それが軍事の常識だからだ。

国際標準から外れた法制や憲法解釈を改めず、日本の国会でしか通じない言葉を、いつまでも用いている弊害の表れといえる。

この問題では、PKO日報を他の一般行政文書のように公開対象としたこと自体が疑問だ。進行中のPKOの日報を早々と公開するなど、隊員の安全にどれほどの配慮があるのか。もとより、政府が活動実態を国民に十分、説明すべきことは言をまたない。
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金田法相 「答弁できぬ」が問題だ

毎日新聞
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[日経新聞] 株主との対話促す会社法に (2017年02月11日)

法制審議会(法相の諮問機関)で会社法改正の議論が始まる。株主が株主総会に議案を提案する権利を乱用しないようにするための措置などが検討の柱だ。

株主提案権は少数株主の声を経営に反映させる重要な手段だ。中身が細かすぎたり真意がはっきりしなかったりする提案をある程度制限するのは仕方ないとしても、建設的な意見が封じ込まれるようなことがあってはならない。株主と企業の充実した議論を促すための会社法改正を望む。

日本企業が特に対応に苦慮しているのは、真意をつかみかねる提案だ。過去には野村ホールディングスの総会で「トイレをすべて和式にする」「取締役の呼称を『クリスタル役』とする」などの提案が出されたことがある。総会に出席した他の株主を戸惑わせ、真剣な議論の意欲をそぎかねない内容といえるだろう。

常識に照らして非生産的な提案を減らすために、株主提案に必要な議決権の保有比率を引き上げたり提案数を限ったりすることは、検討に値する。海外の例にも目を配り、国際的に違和感のないルールとすることが重要だ。

日本の場合、総株主の議決権の1%以上、または300個以上の議決権を6カ月以上前から持つ株主に、権利行使が認められる。提案の数に制限はない。これに対して米国は1人につき1提案で、取締役の選解任や配当額などの提案を認めていない。

もちろん、株主提案権の乱用防止とともに、企業や投資家の利益につながる提案まで出せなくなることがないよう、十分に注意したい。投資家をまじえた丁寧な検討が必要だ。

法制審では、企業がネットを通じて総会の招集通知資料を提供しやすくする制度改正も話し合われる。また、社外取締役の選任を会社法で義務づけるべきかどうかも検討の対象となる。株主と企業が建設的な関係を築くためにはどうしたらよいか。それが多岐にわたる議論の出発点だ。
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[毎日新聞] 少年法18歳諮問 更生の仕組みが必要だ (2017年02月11日)

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少年法が罪を犯した少年の立ち直りに果たしてきた役割を踏まえ、丁寧に議論していく必要がある。

少年法の適用年齢を20歳未満から18歳未満に引き下げるかについて、法相が法制審議会に諮問した。

選挙権年齢が18歳に引き下げられ、民法の成人年齢も引き下げの議論が進む。少年法も連動させ、大人の年齢をそろえるのが合理的だとの意見がある。一方、18、19歳について、更生のための教育が不十分になってしまうとの懸念は依然、根強い。

少年法を巡っては現在、厳罰化が迫られるような事情があるわけではない。2015年に罪を犯して検挙された少年は6万5950人で、20年前の3分の1に減っている。重大犯罪を犯した16歳以上の少年は原則検察に逆送され、成人と同じように処遇される仕組みも整っている。

引き下げありきではなく、少年犯罪の現状を押さえて、制度のあり方を考えていくべきだろう。

少年法が規定する保護処分の過程では、家庭裁判所や保護観察所が成育歴をたどって非行の背景を調査する。また、少年院では生活指導や学習、職業訓練が中心で、教官が付きっ切りで少年に反省を求める。

こうして丁寧に処遇することで、退院後に再び少年院に入る割合は、成人が刑務所へ再入所する割合より大幅に低くなっている。

比較的軽い非行の場合でも、現状では家裁の調査の対象になり、少年院に入るケースもある。だが、18、19歳が少年法の適用から外れれば、起訴猶予や罰金刑になるとみられる。教育的な措置を受ける機会が失われ、再犯のリスクが高まるとの指摘が出ている。

近年では貧困や虐待など社会的な要因が非行に結びついていることが少なくない。少年院で矯正教育を受けて社会に出ることの効果を十分に検証すべきだ。少年が更生し再び罪を犯さなくなれば、社会の安全や安心にもつながるだろう。

仮に少年法の適用年齢を引き下げても20歳前後の若年層に対しては、更生や教育を主体とした特別な刑事手続きを考えるべきだとの意見が専門家からは出ている。その場合、20代前半まで広げて、現行制度の利点を生かすことを検討すべきだろう。

今回は、刑務作業が義務となっている懲役刑の代わりとして、再犯防止の教育などに力点を置いた新たな刑の創設についても諮られた。受刑者の特性によって処遇を柔軟にしていこうとの狙いで、少年法の適用年齢の引き下げの議論の延長線上で出てきた。

社会に戻って再び罪を犯すことなくどう安定した生活をおくるか。更生のあり方が問われる時代だ。
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[日経新聞] 気象ビッグデータの産業利用を進めよう (2017年02月11日)

気象の観測や予測計算が緻密になるにしたがい膨大なデータが集まり、エネルギー、物流など多くの産業で活用が期待されている。気象庁は規制緩和や公開データの拡充により、企業が自由にアイデアを試せる環境を整えてほしい。

近年の気象技術の進歩はめざましい。高性能な人工衛星やレーダー、自動測器が雲や雨、風などの観測を24時間続ける。これらをもとにスーパーコンピューターが次々に予測結果をはじき出す。

気象庁は3月に産学官による「気象ビジネス推進コンソーシアム」を立ち上げる。企業経営者らに気象情報の利用価値を伝えるとともに、ニーズをくみ取るというが、産業界からは「対応が遅すぎる」との指摘もある。

先行する米国ではIBMが気象会社を買収し、データを人工知能(AI)技術と組み合わせて防災・避難情報を提供している。

フランスの電機大手シュナイダーエレクトリックも専門企業を傘下に収め、太陽光や風力の発電量の予測事業を伸ばしている。

こうした企業にとり観測網やデータベース、予測ノウハウを持つ気象会社は新事業のヒントが詰まった宝物に見えるのだろう。翻って日本はウェザーニューズ、日本気象協会など限られた専門企業・機関がようやく天気予報以外のサービスに乗り出した段階だ。

1995年に民間による一般向け天気予報が解禁されて20年以上たつが、気象関連事業の市場規模は年300億円程度で伸び悩む。米国に比べ桁違いに小さく、「気象ビッグデータ」活用の国際競争から取り残されるおそれがある。

気象業務法で観測や解析、予報の期間、内容などの条件が細かく定められ、規制が厳しいのが新規参入を阻む一因とみられる。

必要なデータを入手しづらいとの声も聞く。たとえば太陽光発電が増え詳細な日射量データへのニーズは高いが、気象庁は精度が不十分などとして提供に慎重だ。

日射量データをもとに太陽光発電量を正確に見通せれば、電力会社は不足分を火力発電で確保する計画を立てやすく、電力の安定供給に役立つ。精度の問題を補う工夫は民間に任せてはどうか。

気象庁は企業に、事業モデルを指南しようなどと考えない方がよい。斬新な発想による市場開拓を促し、障害となりそうな規制や慣習を取り除くことにこそ力を入れるべきだ。
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[毎日新聞] 米入国禁止訴訟 大統領の暴走を止めた (2017年02月11日)

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米国の司法がトランプ大統領の暴走を止めた格好である。

イスラム圏7カ国からの入国を一時禁止する米大統領令に対し、カリフォルニア州の連邦控訴裁判所が連邦地裁による差し止めを支持した。

判事3人による全員一致の判断であり、トランプ政権の完敗といえよう。大統領は「米国の安全が危機にひんしている」として連邦最高裁などに訴える構えだが、上訴は断念してはどうか。大統領令自体がいかにも拙速で乱暴だったからだ。

特定の国々を対象に突然、ビザを無効にすれば世界が混乱するのは当然である。留学生が米国の学校に戻れず、米国の病院で手術を受けるためにビザを取っても入国できない。そんな状況が目に見えているのに大統領令は強行された。

それも米国の安全のためだとトランプ大統領は主張する。だが、控訴裁での審理でトランプ政権(司法省)の代理人が、名指しされた7カ国とテロの関係を説明できなかったのはお粗末と言うしかない。

3日にワシントン州の連邦地裁が大統領令の即時停止を命じる仮処分を決めたことについて、「大統領令を地裁が覆すのはおかしい」としたトランプ政権の主張も退けられた。裁判所が行政命令の適法性を判断するのは当然だという控訴裁の見解は、きわめて常識的である。

どうやらトランプ大統領は司法より大統領の意思が優先すると考えているらしい。地裁の仮処分について大統領が「いわゆる裁判官の意見はばかげている」と語ったことも司法軽視を物語る。三権分立に対する根本的な誤解がありそうだ。

トランプ大統領から連邦最高裁の判事に指名されたゴーサッチ氏も大統領の司法攻撃に遺憾の意を表明した。連邦最高裁は現在、保守派とリベラル派が4人ずつ。同氏が承認されるとしても時間がかかりそうで、4対4のまま控訴裁の見解を支持することになるとの見方もある。

とはいえ世論調査で大統領令を支持する米国民も少なくなかったことは、移民や難民とテロをめぐる問題の難しさを物語る。2001年の米同時多発テロ以来、米国民は自分たちの安全を真剣に考え続け、今なお揺れているのだろう。

だが、米国内のテロ予備軍も多いとされる中、やみくもにイスラム世界に門戸を閉ざすのは正しい道とは思えない。トランプ氏は大統領選で「イスラム教徒の全面入国禁止」を訴えたが、差別と排除の発想を変えない限り、真のテロ対策は難しい。

多様な意見に基づいて出直すべきである。拙速な大統領令にこだわって法廷闘争を続けても、米国の孤立と国内外の分断が進むばかりだ。
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[朝日新聞] 明治150年 歴史に向きあう誠実さ (2017年02月11日)

来年は明治元年から数えて満150年にあたる。

政府は記念の施策を行うことを決め、明治期に関する文書・写真の収集とデジタル化、活躍した若者や女性の発掘、ゆかりのある建築物の公開などにとり組むよう、各省庁に指示した。

気になるのは、全体をつらぬく礼賛ムードだ。

政府は「明治の精神に学び、更に飛躍する国へ」とうたう。「明治の精神」とは何か。列記されているのは機会の平等、チャレンジ精神、和魂洋才だ。

たしかに江戸時代に比べ、人々の可能性は広がった。一方で富国強兵の国策の下、生命を失い人権を侵された内外の大勢の市民、破壊された自然、失われた文化があるのも事実だ。

歴史の光の部分のみ見て、影から目を背けるのはごまかしであり、知的退廃に他ならない。

復古色が批判を浴びた佐藤栄作内閣の明治100年記念の時でさえ、政府が行事などにのぞむ際の姿勢を記した文書には、「過去のあやまちについては謙虚に反省」の一文があった。

だが今回、そうした言及は一切ない。「坂の上の雲」を追いかけ、近代化をなしとげた歩みだけが強調されている。

関連で注意すべき動きもある。文化の日を「明治の日」に改称させようという運動だ。

11月3日はもとは明治天皇の誕生日だ。文化の日などという「曖昧(あいまい)な祝日」はやめ、明治を追憶する日にしよう――。そう唱える人たちの集会に出席した稲田防衛相は、「神武天皇の偉業に立ち戻り、伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神。それを取り戻すべく頑張ろう」とあいさつした。

文化の日は、憲法公布の日を記念し「自由と平和を愛し、文化をすすめる」として定められた。当時の国会の委員会会議録には、「戦争放棄を宣言した重大な日」と位置づけ、この日を文化の日とする意義を説く委員長の言葉が残されている。

こうした経緯を踏まえず、神話の中の天皇を持ち出して「明治の栄光」を訴えるふるまいには、時代錯誤の一言で片づけられない危うさを感じる。

昨年亡くなった三笠宮崇仁(たかひと)さまは、神武天皇即位の日とされた戦前の紀元節を復活させる動きを、学問的根拠がないと厳しく批判したことで知られる。

歴史をひと色に塗り固め、科学や理屈を排し、美しい物語に酔った先にあるものは何か。

曲折の末、旧紀元節の日に制定された51回目の建国記念の日を機に、歴史に誠実に向きあう大切さを改めて確認したい。
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[読売新聞] テロ準備罪法案 金田法相の言動は緊張感欠く (2017年02月11日)

重要法案の担当閣僚として、自覚と責任感を欠いていないか。金田法相は、十分な準備をして国会審議に臨むべきだ。

政府は今国会に、テロ準備罪を新設する組織犯罪処罰法改正案を提出する。国民の理解を広げるには丁寧な審議が欠かせないが、金田氏の軽率な言動が水を差している。

その典型が、金田氏の指示で、法務省が改正案について「国会に提出した後、法務委員会において議論を重ねるべきだ」との文書を報道機関に配布したことだ。

文書は、改正案に関する政府と与党の協議が完了しておらず、成案になっていないと強調する。答弁準備のため議員の質問通告を充実させることも注文している。

衆院予算委員会で金田氏が適切に答弁できないことを責任転嫁しているような内容だった。

本格的な審議は、改正案の提出後に、関連条約の解釈を所管する岸田外相らが加わって行うのが望ましいのは確かだが、提出前の議論が排除されるものではない。

野党から「国会での質問封じだ」などと反発され、金田氏は文書の撤回と謝罪に追い込まれた。公明党の「不謹慎の極みだ」といった批判もやむを得まい。

そもそも、金田氏が国会審議で野党から集中攻撃を受けているのは、本人の答弁の拙さに起因する側面が否定できない。

過去に3度廃案となった「共謀罪」との違いを問われた際、「当時の経緯は承知していない」と答えたことには驚かされる。

これはテロ準備罪の最も肝心な点である。しっかりと積極的に説明せねばならないはずだ。

質問と答弁がかみ合わない応酬が続き、予算委員長に「質問が分からない時は答弁しないで」と注意されたこともある。

これでは、改正案に対する国民の不安の払拭はおぼつかない。法相としての資質が問われかねない。もっと緊張感を持って答弁することが求められよう。

改正案では、捜査権の乱用に対する懸念を排除するため、対象犯罪を当初の676から大幅に絞り込む方針だ。

政府は過去の審議などで、国際組織犯罪防止条約の批准の要件を満たさなくなるとして、「いずれかの罪を除外することは適当ではない」と説明していた。

従来の答弁との整合性をどう取るのか。対象犯罪を減らすことで、条約批准に支障は生じないのか。国会では、こうした点について、実のある論議を望みたい。
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[読売新聞] 米入国制限停止 強引な大統領令阻む司法判断 (2017年02月11日)

トランプ米大統領の強権的な政治手法に対し、司法が待ったをかけたと言えよう。

テロ阻止を名目に、イスラム圏7か国の国民の入国を制限する大統領令について、一時差し止めを認める司法判断が示された。高等裁判所に相当する連邦控訴裁判所が、下級審の決定を支持した。

政府は「大統領には外国人入国を制限する権限がある。裁判所は介入できない」と主張したが、控訴裁は「立憲民主主義の原則に反する」と退けた。7か国の出身者が米国でテロを実行した証拠を提示できていないとも指摘した。

国家の安全保障に関する問題について、大統領は不可侵の権限を持つわけではない。行政、立法、司法の三権分立は尊重されるべきである。こうした厳しいメッセージが政権に送られた。

先月27日の大統領令により、イラク、イランなど7か国からの渡航者のビザが無効になった。難民や留学生らが各地の空港で入国を拒否され、混乱が生じた。

ワシントン州の連邦地裁は今月3日、「教育や産業に回復不能の損害が生じる」という州当局の主張を認め、大統領令を差し止める決定を下した。全米で適用され、入国が再開された。

政権側は法廷闘争の継続を検討している。大統領令自体の違憲性を問う裁判も別途、審理される。いずれの訴訟も最高裁に持ち込まれる可能性がある。

問題なのは、トランプ氏がツイッターなどで司法批判を繰り返し、具体的な根拠を挙げずに、テロの脅威を煽(あお)っていることだ。

差し止めを決定した地裁裁判官を「馬鹿(ばか)げている」と貶(おとし)め、「危険な悪人が米国に殺到してくるだろう」と発信した。「何かが起きたら、彼と裁判制度を責めろ」とも言い放った。裁判官に対する執拗(しつよう)な個人攻撃は異様である。

一連の言動からは、「裁判所は政権の立場に沿った決定を下すべきだ」という傲慢な考えが透けて見える。司法の独立を理解していないということだろう。

入国制限を巡っては、反対意見が過半数を占める世論調査も出ている。自らに不利な調査結果や報道を「フェイク(偽)」と切り捨てていては、社会の分断の解消にはつながるまい。

発足から間もないことを差し引いても、トランプ氏の政権運営には、稚拙さが目立つ。支持層に向けて、既存の制度の破壊を「成果」として誇示する戦術も再考する時ではないか。
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[朝日新聞] 復興庁 「御用聞き」から前へ (2017年02月11日)

東日本大震災の復興政策を担う復興庁が、発足してから5年を迎えた。21年3月までに廃止されることになっており、折り返し点を過ぎた。

津波被災地では公営住宅や道路といったインフラ整備のゴールが見えつつあるが、コミュニティーや産業の再生は思うように進んでいない。避難指示が少しずつ解除されている東京電力福島第一原発の周辺では、復興作業がこれから本格化していく段階だ。

これまで復興庁は、被災地に寄り添い、自治体や住民らの声をすくい上げる「御用聞き」の役割を重視してきた。そこから一歩前に出て、現場で課題を掘り起こし、解決につなげられるか。復興の司令塔としての力量が問われる。

復興庁の特徴は、震災前は国の役割とはされてこなかった仕事に力を入れていることだ。仮設住宅に住む人の交流促進や、復興にかかわりたい民間人材を被災自治体や団体に紹介するといった事業だ。行政が不慣れな分野だけに、ノウハウを持つNPOや企業と積極的に連携してきた。

一方で、被災地の実情を把握し、状況に合わせて政策を見直す力には疑問符がつく。

たとえば、住宅地の再建が難航しているのに、そばに巨大な防潮堤ができた例がある。工場や商業施設の再生に補助金を出す制度では、「雇用人数や入居の条件が実情に合わず、使いにくい」といった不満が地元から漏れる。

復興事業の大半は他の省庁が担当している。復興庁はそれを調整する役回りだが、職員の多くは各省庁からの出向者だ。縦割り意識や出身母体への遠慮がないだろうか。

政府内で格上の役所と位置づけられ、他省庁への勧告権も持つが、使ったことはない。担当閣僚も毎年のように交代し、存在感がなかなか高まらない。

復興の重点は今後、福島県の原発周辺地域に移っていく。これまで賠償や除染といった仕事をそれぞれの担当官庁が進めてきたが、地域の再生に向けた取り組みでは復興庁が先頭に立つべきだ。

被災地では、高齢化や過疎化が震災で一気に加速したが、これらはもともと国内の多くの地方に共通する課題である。復興庁の経験は今後のまちづくりに大いに生かせるはずだ。

NPOや企業といった民間と二人三脚で、「公」の仕事を担う。こうしたやり方をさらに広げ、新しい行政のモデルを目指してほしい。
posted by (-@∀@) at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする