2016年10月31日

[東京新聞] 治療と仕事 がんでも働き続けたい (2016年10月31日)

政府の働き方改革実現会議は、がんをはじめとする病気の治療と仕事の両立支援を強化する方針を決めた。病気による退職を防ぎ、仕事優先で治療がおろそかになることがないような方策が必要だ。

「自分のキャリアを恐れて、がんになっても会社には報告せず、日々、仕事と治療に耐えている方が非常に多いと聞く。大病を患っても、元気に明るく仕事ができる国になることを願っている」

乳がんになり五回の手術を受けた女優の生稲(いくいな)晃子さんは、ずっと病の公表を控えていた。「仕事を失うことが怖かった」からだ。しかし、病を誰にも伝えていない中での治療や副作用は「肉体的にも精神的にもつらいものがあった」という。

生稲さんは働き方改革実現会議で、主治医、会社、産業医・心理カウンセラーによるトライアングル型のサポートを提案した。

日本人の二人に一人が生涯のうちにがんにかかる。働きながらがんで通院する人は三十二万五千人と推計される。男性では六十代、女性では五十代が多い。

一方で、がん患者のうち診断後に仕事を辞めた会社員は三割超に上る。働き盛りでの退職はその後の人生に大きな打撃ともなる。

病気により離職に至る背景として、治療を続けながら働くための制度や社内の理解が不十分なことが指摘される。NPO法人の調査によると、がん患者の離職理由で「会社や同僚などに迷惑をかけると思った」「治療や静養に必要な休みをとることが難しかった」などが多く挙がった。

かつては「不治の病」とされていたがんだが、医療技術の向上で、がん患者全体の五年後の生存率は六割を超えている。治療をしながら仕事を続けられるような支援策は不可欠だ。

厚生労働省は二月、治療と仕事を両立できるようにする企業向けの初の指針をまとめている。がんだけでなく、脳卒中など継続して治療が必要な病気も対象。働き手である患者の情報を医療機関と共有し、勤務時間の配慮など適切な措置を取るよう求めた。

ただ、指針には法的な拘束力はなく、実効性は現場任せだ。改革実現会議には、支援策をより強める議論を進めてもらいたい。

企業には病気休暇制度やラッシュアワーを避けるための時差出勤、在宅勤務、時間単位の有給休暇などを、よく相談して進めてほしい。経営者や管理職の意識改革も求められるだろう。
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[東京新聞] 原発避難者住宅 支援打ち切る時でない (2016年10月31日)

原発事故の自主避難者向けに福島県が行っている住宅の無償提供が五カ月後に打ち切られる。住まいという生活基盤を一方的に奪うのか。国は原発事故を招いた責任を自覚し率先して支援すべきだ。

原発被害者と支援者でつくる「原発事故被害者の救済を求める全国運動」は、来春廃止が迫る避難先での住宅無償提供の継続を求め十九万人の署名を国会に出した。

住宅の無償提供は、福島県が県内外に避難した住民を対象に、国の避難指示の有無にかかわらず、仮設住宅や民間住宅を借りて行う。災害救助法を適用し一年ずつ延長してきた。終了を決めたのは放射性物質の除染が進み、住民帰還を促すためだという。

だが、支援の廃止を一方的に通告された避難者は納得できない。除染が進んだといっても放射線量は下がりきっていない。故郷の家もそのままでは住めない。自主避難者は政府が決めた「避難指示区域」の外から避難しており、避難指示を受けた住民が受けている月十万円の精神的賠償もない。故郷に戻るにしても、避難先の町に住み続けるにしても、新しい住まいを確保するのは至難である。

だから、原発事故の被害者がこれ以上追い詰められないよう、自主避難者にとって唯一の公的支援ともいえる住宅支援の継続を望むのは当然ではないか。

今年六月に福島県が自主避難世帯に行った調査では、来春以降の住居が決まっていない世帯が多い。原発事故以来、避難者を受け入れてきた自治体には、この先も住宅支援が必要と理解し、公営住宅入居の優先枠や家賃補助など、独自支援を決めた例もある。だが、こうした策にも財政負担が伴う。公営住宅入居には収入や世帯に要件があり、すべての希望者が入れるわけでない。避難先の自治体の努力には限りがある。

本来、長期に及ぶ原発避難者の住宅支援は、都道府県が可否を判断する災害救助法に基づいて行うのではなく、原発事故に責任のある国が率先して取り組まなければならない課題である。

その対応を政府は怠ってきた。原発事故翌年に議員立法で成立した「子ども・被災者支援法」は「避難の権利」を認めているのに骨抜きにされた。四年後の東京五輪開催を控え、政府は避難指示区域を解除し賠償も終わらせようとしている。福島県の内外で自主避難者があふれ、困窮者が増えるのは明らかだ。政府はこの状況を放置してはならない。
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[産経新聞] 【主張】20年ぶりの原発 米国は世界の潮流読んだ (2016年10月31日)

米国で100基目となる新たな原発が運転を開始した。

テネシー州のワッツバー原子力発電所2号機(出力115万キロワット・加圧水型)だ。新設原発の稼働は20年ぶりのことである。

シェールガスの登場で米国では火力発電の競争力が増しているにもかかわらず、原発が完成して電力供給を開始した点に注目したい。

その背景には、二酸化炭素を排出しない安定した大規模電源としての原発への期待の高さがある。米国ではワッツバー2号に続いて、2019?20年の運転開始を目指す4基の原発の建設が進んでいるのだ。

1979年に起きたスリーマイル島原発事故で生じた原発への不信感からの回復であり、原発積極活用への回帰である。

翻って日本を見れば、最多時には55基を数えた原発が福島事故を境に廃炉が相次ぎ、今では42基に減っている。

しかも、現在発電しているのは九州電力と四国電力の原発2基のみだ。原子力規制委員会の安全審査に合格していた関西電力の2基は、司法判断の仮処分で停止に追い込まれたままになっている。

建設中だった電源開発の大間原発(青森県)は、福島事故以来、ほとんど工事が進んでいない。

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こうした状態が長引くとエネルギー資源小国の日本の遠くない将来に、後悔のほぞをかむ痛恨の事態が暗い口を大きく開けて待ち構えることになる。それはエネルギーの逼迫(ひっぱく)が引き起こす経済の低迷と国民生活の不便である。

そこに至る初期の病理がすでに姿を見せつつある。例えば、電力会社では、原子力部門の社員の離職率が高まり、若手の原子力離れが始まっている。長引く稼働停止で原子炉の運転経験の不足によるオペレーション技術の劣化も憂慮される状況なのだ。

世界人口の増加と途上国の経済発展で21世紀の電力需要は一段と高まり、それに応える形で原子力発電の拡大は着実に進む。その対応を中露だけに任せてはおけない。米国の動きは将来のエネルギー潮流を見越したものだろう。

原発の製造と発電技術には持続的な継承努力が必要だ。いったん衰退すると回復までに長い年月を要することになる。

世界の将来のためにも日本の原発の停滞脱却が急務である。
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[産経新聞] 【主張】国勢調査 人口減に耐える国造りを (2016年10月31日)

昨年実施された国勢調査で、日本の総人口は5年前の前回調査に比べ約96万3千人減少した。

大正9年の調査開始以来、約100年で初の減少である。

高齢化も進み、総人口の8人に1人が75歳以上だ。働く世代は急減しており、このままでは社会が立ち行かなくなる。

とりわけ出産可能な年齢の女性の人口が減るため、流れを断ちきるのは簡単でない。対策として「外国人に頼るべきだ」との意見もあるが、今後25年で約2千万人減ると推計されており、すべてを穴埋めするのは無理がある。

人口減少を前提に、それに耐え得る社会への転換が急がれる。

国会議員や自治体関係者の間では、大型公共工事の実施など人口が増えていた時代の発想から抜けきれていない人が少なくない。

だが、いま求められているのは効率的な国造りである。人口が減っても機能する仕組みを構築するということだ。

もとより、国としての豊かさを持続するには経済成長が不可欠だ。まず考えたいのは、労働力人口の減少をカバーする方策だ。

女性や高齢者など働き手の確保策は当然のこと、技術革新や働き方改革で生産性を上げ、労働者一人一人の国内総生産(GDP)を増やすことが重要である。

安倍晋三政権には、大胆な規制緩和や海外からの投資の呼び込み、産業の重点化など思い切った政策を期待したい。

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地域ごとに拠点を設けるコンパクトな町づくりも避けられない課題である。

人口減少は地方によってスピードが異なる。すでに人口が大きく減った地域では、コミュニティーの維持が困難となり、公共交通機関の廃止など買い物や行政サービスに支障が出ている。

郊外へと開発を進める手法はもはや通用しないだろう。コンパクト化のための移住には住民の抵抗感も強かろう。

だが、人が集まり住むことで「にぎわい」が生まれれば、若者の雇用など新たな仕事の創出にもつながる。東京一極集中の流れを少しでも食い止められる。困難な課題から逃げてはならない。

人口減少というとマイナスの印象を受けがちだが、日本より人口規模が小さくても豊かな国はある。「戦略的に縮む」という積極性をもって挑みたい。
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[毎日新聞] 年金改革法案 持続可能にする論議を (2016年10月31日)

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年金制度改革関連法案をめぐって今国会での与野党の論議が激しくなっている。焦点は年金額の改定ルールだ。

将来も年金が維持できるのかと不安に思う人は多い。年金額は複雑な数理計算によって調整されており、一般の人にはわかりにくい。それが不安を増幅させる要因にもなっている。適正なデータに基づき、丁寧でわかりやすい論議が必要だ。

年金額改定ルールの見直しの一つは、年金給付額を少子高齢化の進展に合わせて調整する「マクロ経済スライド」という仕組みをデフレ下でも適用すること。もう一つは、賃金の下げ幅が物価の下落より大きいときは、それを給付額に反映することだ。両方とも現行制度にはない。

年金は国民から保険料として集めた財源を長期間にわたって高齢者に給付していく制度であり、現在の高齢者に多く給付すれば、現役世代(将来の高齢者)の給付水準が下がる。逆に現在の給付を抑えると、将来の給付に余裕が出る。

デフレで物価や賃金が下がったとき、それを年金に反映させなければ、給付額は高水準のままとなり、将来の財源が苦しくなる。長期的に年金を持続可能にすることを考えると、改革案は必要な措置ではある。

しかし、現在の高齢者の給付が下がることを前提にしているため、民進党などは「年金カット法案」と批判する。国会でも独自の試算に基づいて、政府の想定より給付額が大幅に下がる可能性があると追及する。

ただ、過去にもさまざまな研究者や民主党(当時)議員が独自の試算やデータを用いて「年金積立金は数年以内になくなる」「年金は事実上破綻している」などの主張を繰り返してきた。政府の説明が難解で不十分な上、「消えた年金」などの不祥事のイメージも重なって、国民は疑心や不安を膨らませてきた。

実際、低年金で生活が苦しい高齢者は多く、現行制度にもさまざまな問題点はある。しかし、少なくとも積立金は現在約130兆円の水準を維持しており、年金制度自体が破綻しているわけでもない。

限られた財源を現在と将来の高齢者が分かち合うのが年金であり、世代間の信頼がなくては成り立たない制度だ。国民の不安を解消するため問題点は徹底して議論すべきだが、正確で公正なデータと論理が必要であることは言うまでもない。

年金の長期的な財政は物価や賃金だけでなく出生率や利回りにも大きく影響される。デフレを前提にした制度改革も大事だが、デフレを克服する経済政策や出生率の改善に取り組むことが制度の持続可能性を高めることも忘れてはならない。
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[毎日新聞] いじめ最多 情報の共有が対応の鍵 (2016年10月31日)

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全国の小中高校、特別支援学校で昨年度認知されたいじめが、22万4540件と過去最多を記録した。文部科学省の集計である。学校教育の場で教員らが察知、確認した数だ。前年度より2割近く増えた。

文科省はできるだけ実態が明らかになるよう、いじめ発生件数の多さが学校や教員の評価を落とすものではなく、むしろ積極的な取り組みとみると表明してきた。

それもあって、過去最多の数字も、教員らによる掘り起こしの努力が奏功したとみられる。しかしなお潜在するいじめの存在を常に念頭に置き、いじめの芽や被害児童・生徒が発するシグナルに敏感でありたい。

調査は全体的に深まったが、1000人当たりの発生認知件数を都道府県別に比べると最大26倍もの差がある。また、1年間に1件もいじめは見つからなかったとする学校も4割近くある。いじめのとらえ方の差異もあろう。文科省は調査がまだ実態を反映しきれていないとみる。

被害に遭う子供を救い、解決する対策もまだ多くの課題を負う。

2011年に大津市で起きた男子中学生の自殺事件をきっかけに、「いじめ防止対策推進法」(いじめ防止法)が13年度に施行された。行政や学校に防止への取り組みと支援体制整備を課したものだ。

しかし、文科省によると、13?15年度にいじめ問題を抱えて自ら命を絶った子供は23人になるなど、事態はなかなか改まらない。

法の柱は、学校が自ら「いじめ防止基本方針」を定め、中枢機能を担う対策組織を設置することだ。

個々のいじめ情報は集約され、教員らは情報を共有し、組織で対応する。一人で抱え込まない仕組みだ。

情報の共有が鍵だが、これができていない例が少なくないという。

例えば、昨夏、岩手県で男子中学生が命を絶った事件では、生徒が担任と交わすノートにいじめのつらさを記し自殺の示唆もしていたが、情報は共有されなかった。

法や方針、組織を整えても十分機能していない。そうした状況を踏まえ、施策の改善を論議している文科省の有識者会議は、各校が対策の達成目標を立てることも提案した。年間を通して、どのように取り組むか計画を定め、その達成度を学校の評価に反映させるという。

ただ、かねて指摘されるように、現場の教員の多忙さも情報共有への大きなネックとなっている。いじめ問題専従の教員配置や、カウンセリング体制の拡充など、有効策には財政的措置や支援も欠かせない。

いじめはどこでも誰にも起こりうる。その認識を原点に、形ではなく中身ある対策を求めたい。
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[読売新聞] 調査捕鯨 継続には国民的議論が大切だ (2016年10月31日)

日本の捕鯨の将来像をどう描くのか。国際社会の理解を得る粘り強い行動に加え、国民的な議論を尽くす必要がある。

2年ぶりとなる国際捕鯨委員会(IWC)の総会がスロベニアで開かれた。豪州など反捕鯨国が日本の調査捕鯨を阻止するための決議案を提出し、賛成多数で可決された。

決議に拘束力はなく、日本は調査捕鯨を続ける方針だが、逆風は確実に強まっている。

日本が南極海で行っていた調査捕鯨に対し、国際司法裁判所は2014年に中止を命じる判決を出した。捕獲数を年1000頭規模から300頭余まで削減し、15年に再開した。こうした日本の対応が総会の焦点となっていた。

日本は、判決の趣旨に沿っており、再開に問題はない、と主張した。調査捕鯨を審査するIWC科学委員会は、「捕獲調査の必要性を十分立証している」「立証は不十分で正当化できない」という両論併記の報告書をまとめた。

しかし、IWC加盟88か国中、49か国に上る反捕鯨国の意向を反映し、豪州などの一方的な決議案に押し切られてしまった。

反捕鯨国に根強い「クジラは特別な生き物だ」という感情論とは一線を画し、日本は今後も、科学的見地から冷静に調査捕鯨の正当性を訴えることが大切だ。

感情論に流されれば、クロマグロやウナギなどの保護論議にも飛び火しかねない。

クジラを貴重な海洋資源とみる日本の立場への賛同を増やす努力を怠ってはなるまい。

対外的な主張と並行して、日本がこの先、食用の鯨肉をどこまで活用していくのか、という国内の議論が欠かせない。

IWCの決定によって商業捕鯨を停止した1980年代以降、国内の鯨肉需要は激減している。その後の調査捕鯨には多額の国費が費やされているが、国民の捕鯨に対する関心は決して高くない。

調査捕鯨からも撤退すれば、捕獲技術などが永遠に失われるという意見がある。商業捕鯨の停止で増えたクジラがサンマなどの魚を大量に食べ、漁業資源を圧迫しているとの指摘もある。

こうした多角的な側面から、捕鯨の将来を考えていきたい。

小型クジラを対象に、北海道や和歌山県で伝統的に行われている沿岸捕鯨は、IWCの管理対象に含まれていない。

地域の活性化や、貴重な食文化の継承にも大きな役割を果たしており、大切に見守りたい。
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[朝日新聞] 精神指定医 人権扱う重み再認識を (2016年10月31日)

精神科医療への信頼を根底から崩しかねない事態である。

法律に基づく精神保健指定医の資格を、89人もの医師が取り消されることになった。厚生労働省の調査で、自分が診療に深く関わったように装い症例数を水増ししていた医師が49人、その不正をチェックしなかった指導医が40人見つかった。このほか、調査が始まった後、自ら資格を返上した者も6人いた。

医療は患者の同意に基づいて行われるのが大原則だ。

だが指定医は、重い精神障害で入院治療が必要と判断した場合、保護者の同意だけで患者を「医療保護入院」させられる。さらに、人を傷つける恐れなどがあると診断したときは、都道府県知事らの命令により「措置入院」とすることも可能だ。

人の自由を奪う判断は、確かな人権意識と倫理観に裏打ちされたものでなければならない。資格の不正取得や見逃しが、人権をないがしろにし、倫理にもとる行いであるのは明らかだ。

指定医という資格を、学会が認定する各種専門医と同じようなものと、とらえていたのではないかとの指摘もある。だとしたら考え違いも甚だしい。

調査は、聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で昨年不正取得が発覚し、23人が資格を失ったことがきっかけだった。

厚労省が近年の指定医の症例報告を洗い直したところ、12都府県の26病院で問題行為が見つかった。精神医療の中核病院や大学病院も名を連ねている。

指定医になると処遇は上がり、病院にも診療報酬の上乗せなどの利点がある。不正の広がりの背景に、こうした事情もあったのだろうか。

聖マリアンナ医大では資格取り消しに加え、不正取得者は1カ月、指導医は2カ月の業務停止処分を受けた。この間、医師活動はできず、病院も診療報酬の一部自主返納を進めている。

今回も同様の措置が予想されるが、患者にとって、医師が突然代わったり、他の病院に通わなければならなくなったりするのは大きな負担だ。他の医療機関や行政とも連携をとりながら、影響を最小限におさえることに努めてもらいたい。

厚労省の審議会の部会は、指定医資格の審査方法に欠陥があると認め、すでに口頭試験の導入などが提案されている。再発防止策を急ぐ必要がある。

制度もさることながら、何より重要なのは、医師と病院の意識を改めることだ。教育や研修の充実などに早急にとり組み、社会との信頼を結び直さなければならない。
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[朝日新聞] 年金法案審議 政治の責任を果たせ (2016年10月31日)

10%への消費増税に先駆けて、年金の受給に必要な加入期間を25年から10年に短くし、無年金者を減らす。そのための法案が、衆院厚生労働委員会で可決された。

一方、民進党が「年金カット法案」と批判する、給付抑制の徹底や年金額の改定ルールの見直しが盛り込まれた改革法案は、審議入りすらしていない。前の国会からの宿題であるにもかかわらず、だ。

国民に受けのよい話だけを進め、厳しい改革から逃げるような姿勢は、責任ある政治の姿とは言いがたい。将来世代にも目を向け、審議を進めてほしい。

今のままでは将来の年金の水準が想定以上に下がり、とりわけ基礎年金への影響が大きい――。2年前の財政検証で厳しい見通しが示され、それに歯止めをかけるために考えられたのが、今回の改革法案だ。

日本の公的年金制度は、現役世代が負担する保険料で毎年の給付の大半をまかなっている。制度を将来にわたって安定させるには、少子高齢化が進んでも負担と給付のバランスが大きく崩れないよう、調整することが不可欠だ。

このため、04年の制度改革では、現役世代の負担が過重にならないように、保険料に上限を設ける一方、その収入の範囲内でやりくりできるよう、給付を抑える仕組みも入れた。

ただ、給付の抑制は物価の上昇を前提としたため、デフレ経済の長期化でほとんど機能してこなかった。さらに現役世代の賃金が下がった時に年金も同様に下げるルールが徹底されていなかったため、年金の水準が高止まりしているのが現状だ。

このため、今回の改革法案には、デフレ時に抑制できない分を繰り越して物価上昇時に実施することや、現役世代の賃金下落に合わせて年金額を下げるルールの徹底が盛り込まれた。

問題は、年金の多い人にも少ない人にも給付の抑制が及ぶ点だ。低所得の人たちへの配慮は当然、考えねばならない。

政府・与党は、10%への消費増税に合わせて低所得者向けの福祉的な給付金を導入すると主張する。増税を三たび延期することはないのか。給付金の新設で対策は十分かといった点も検討課題の一つだろう。

老後の生活をどう守るか。他の福祉的な制度での対応や、医療や介護での負担増を抑えて年金減の痛みを和らげる道など、年金制度にとらわれず、広く与野党で知恵を絞ってはどうか。

問題の先送りは状況をさらに厳しくするだけだ。
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[読売新聞] 精神医大量処分 倫理観の欠如が嘆かわしい (2016年10月31日)

精神医療への信頼を失墜させる事態だ。

厚生労働省が、計89人の精神科医について、精神保健指定医の資格取り消し処分を決めた。

不正取得が認定された49人と指導医40人だ。4人の新規資格申請も、不正を理由に却下した。前例のない大量処分だ。

約1万5000人の指定医は、精神保健福祉法に基づき、自傷他害の恐れがある精神障害者の措置入院など、人権を制限する高度な判断に携わる。診療報酬も加算される。専門性と共に、高い倫理観を備えていなければならない。

だが、実態はかけ離れている。昨年、川崎市の聖マリアンナ医大病院で組織的な不正取得が発覚し、これを受けた調査で同様の事例が次々と浮かび上がった。処分対象者は全国に広がっている。不正の蔓延(まんえん)が裏付けられた形だ。 地域の精神医療への影響は小さくないだろう。

横行していたのは、症例リポートの使い回しだ。資格申請には、3年以上の実務経験などに加え、自身が診察した8種類以上の症例リポートの提出が必要になる。

厚労省は、2009?15年に提出されたリポート約3万件をデータベース化してカルテと突き合わせた。その結果、実際は診察していないのに、同僚の医師のリポートを一部書き換えて提出した事例などを割り出したという。

指導医はリポートを十分に点検しないまま、確認の署名をしていた。責任感の欠如にあきれるほかない。不正を見逃し続けてきた厚労省も責任を免れない。

指定医制度の見直しは避けられまい。審査に面接を導入して診察状況を詳細に聴取するなど、選考方法をより厳格化すべきだ。

不正に関与した医師による措置入院の判断の是非などについても、検証が必要である。

不正取得が発覚した北里大東病院の医師は、7月に神奈川県相模原市で起きた知的障害者殺傷事件の前、容疑者の措置入院に関わる判断に加わった。資格を返上し、処分対象からは外れていた。

事件に関する厚労省の有識者検討会は9月、判断に問題はなかったとの見解を示した。

一方で、入院中の容疑者に対する治療方法など、病院の対応に不十分な点があった、とも指摘している。この病院では今回、5人が取り消し処分を受けた。病院全体への疑念はつきまとう。

身体の拘束をも可能にする強い権限を指定医は有する。責任を自覚し、襟を正さねばならない。
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2016年10月30日

[東京新聞] 週のはじめに考える 言葉たちの“声”を聞こう (2016年10月30日)

危機言語・方言サミット。聞き慣れぬ響きです。その奄美大会が来月、鹿児島県与論町で開かれます。消滅しかねぬ地域の言葉をどう継承しようかと。

世界のおよそ六千の言語・方言のうち、約二千五百が消滅の危機にあると、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が公表したのが七年前、二〇〇九年のことでした。

日本については、北海道のアイヌ語が消滅危機の恐れが最も高い「極めて深刻」に分類され、ほかに八丈語(東京都)、奄美語(鹿児島県)、国頭(くにがみ)、沖縄、宮古、八重山、与那国語(以上沖縄県)の七方言が「重大な危険」「危険」に分類されたのです。


◆方言が消えてしまう?
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国立国語研究所副所長の木部暢子(のぶこ)さんは、動植物を例に「言語の絶滅危惧種です」と説明します。

むろん国内外の言語学者ら専門家や、それぞれの地域が、ユネスコが指摘するまで、手をこまぬいていたわけではありません。

存続の危機にさらされつつある“お国言葉”の継承活動や調査、研究をかねて続けてきました。

指摘の八つの言語・方言を次世代にどう継承していくか。

その対策に、文化庁は同様の危機が懸念されている東日本大震災の被災地の方言も含め、言語学など専門家の研究協議会を設置。危機言語・方言の対象地でのサミットの開催も、その一環です。

研究協議会のメンバーでもある木部さんらによれば、差別や不平等と言語には、密接な関係があるといいます。たしかに言語には力関係が見られます。

たとえば北米先住民も侵略された側面のみでなく、職を得るため英語を優先し、自分たちの言葉を捨てていったとされています。

弱い言語の話し手が、強い言語に自らの言葉を置き換えていく過程に、言語の消滅への道のりがあるといえるのかもしれません。


◆差別の動きと密接に
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日本の「標準語」と、話し言葉の方言の関係も似ています。

昭和三十年代ごろまで、標準語教育を推進するための「方言札」が沖縄や東北、九州などの小中学校にもありました。方言を話した子どもに、罰として首からぶら下げた木札です。

しかし、これには「“高等”な東京の文明を受け入れるため、子どもたちのためを思って木札で方言の矯正を促した」と、別の見方をする研究者もいます。

もうひとつ、重要なのが地域共同体の衰退と言語の関連です。

ただでさえ人口減少、過疎化が進んでいる現状に、東日本大震災のような大災害がひとたび起これば、地域共同体の崩壊の危機を招く恐れは強まります。

お国言葉の消滅危機と地域共同体の消滅危機は、ある意味で表裏一体なのです。

言語、方言について示唆に富んだ学問的検証があります。

一つは言語学者の故馬瀬良雄さんが中心になってまとめた「長野県史・方言編」です。

九百ページを超す膨大な労作の最後で、長野県の方言がすべて共通語(標準語)に塗り替えられることはあるまいと結んでいます。「そのような事態が起こるとすれば、それは長野県の文化が創造と発展をやめた時である」と。

また米アラスカ大の言語学者の一人は、ユネスコの危機報告に先立ち、先住民の調査に基づいて、すでに二十年ほど前にこんな“警告”を発していました。

「少数民族の言語を守る努力を国際規模でしなければ、人類の言語の九割は消滅し、多様性も失われてしまう」と。

さまざまな場でグローバル化という言葉が飛び交っています。でも、それは、欧米発の経済至上主義に傾きすぎてはいないでしょうか。多彩な言語・方言の喪失は、世界観の同質化、ひいては文化のグローバル化の否定につながりかねないのです。

言い換えれば、固有の文化を創造し続ける限り、地域の言葉はすたらないということでしょう。

地域の話し言葉、方言を復権させる活動が大切になってきます。地域社会の再生との両輪にもなるからです。


◆多様性に希望を求めて
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それには、幼少期からの「会話教育」が一つのかぎを握り、現に来月十三日のサミット会場となる与論町でも各小学校などで教えていると聞きました。

だけど子どもはいったん覚えても、親世代が話せぬという壁も。危機にある方言を地域に取り戻すには課題が多いのも事実です。

ただ大震災の時、東北で「がんばっぺ」などのお国言葉の大切さや優しさが見直され、方言の地位が高まりました。若者の間では、ネットなどを駆使した方言の新たな自己表現も広まっています。希望の動きは確実にあるのです。
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[産経新聞] 【主張】総裁任期延長 論争なき与党から脱却を (2016年10月30日)

自民党が「連続2期6年まで」の総裁任期を「連続3期9年まで」に改めることを決めた。

もとより、この変更が3期目の総裁選を行うことを妨げるものではない。安倍晋三首相(総裁)の単なる任期延長ではない形がとられる。

1期3年の通算で9年というのが、諸外国に比べて極端に長いとはいえまい。2期6年に固執する必要もないだろう。だが、首相にもっと長く務めてもらおう、という発想から出た話であることに違いはない。

問題なのは、今の自民党のなかで、事実上の首相選びとなる総裁選を重要な政策論争の機会ととらえる機運が、あまりにも希薄なことである。それに向けた日常活動における心構えも、いかほどのものがあるのか疑問である。

前回の総裁選で、安倍首相はあっさりと無投票再選を果たした。次期総裁選に対抗馬が立ち、本格的な論戦が行われるだろうか。

任期延長をめぐる党内論議は、約1カ月でスピード決着した。一時期、異論を唱えていた石破茂氏らは口をつぐみ、党の大勢が賛同した。それらを考えると、次の総裁選の構図をすぐに思い浮かべるのは難しい。

首相選びに直結する選挙で無投票を重ねれば、政策をめぐる与党の影響力が低下する傾向が加速されるおそれは大きい。

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また、「ポスト安倍」を目指し、頭角を現そうとする人材が出にくくならないか。強い総裁がいる間はよくても、その後を考えれば、党の活力が失われ、新陳代謝が進まない弊害が生じる。

額賀派では「ポスト安倍」候補が不在なことから、会長交代論がくすぶっているという。

派閥のボスが総裁の座を争った古い自民党のシステムに戻る必要はない。だが、資金力に乏しく、政策集団としての活動も目立たない派閥が、明確な存在意義を持たないまま存続していることも、党の停滞を印象付けている。

任期問題や派閥の動向など、自民党内のできごとは、内外の諸懸案の解決に向け、多くの国民が求めていることとは関係が薄い。

デフレ脱却を確実なものとし、社会保障をめぐる将来の不安を解消するために、政権与党は何をしてくれるのか。それを脇に置いた議論では、結果がどうあれ、強い支持と関心を集めることにはつながるまい。
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[産経新聞] 【主張】核兵器禁止条約 惨禍防ぐ手立てにならぬ (2016年10月30日)

国際社会の非難に聞く耳を持たない北朝鮮がこれに加わり、核戦力を放棄することなど到底、考えられない。

核兵器を法的に禁止しようという核兵器禁止条約の制定交渉を、来年3月から開始すると定めた決議案が、軍縮を担当する国連総会第1委員会で採択された。12月総会で可決される見通しだ。

禁止条約と名付けても、核の脅威を除くことにならない。日本や世界の安全保障を損なう空理空論ともいえる。それが世界平和に寄与するかのごとく、国際機関が振る舞うのは残念な姿である。

安全保障の根幹を米国の「核の傘」に依存する日本は、決議案に反対票を投じた。国民を核の脅威から守り抜く責務がある、唯一の被爆国の政府として、妥当な判断といえよう。

中国や北朝鮮などの近隣諸国は核戦力増強に走っている。これが現実の脅威であり、米国の「核の傘」の重要性は増している。

オーストリアやメキシコなどの非核保有国は、核兵器の開発や実験、保有、使用の一切を禁止する条約の制定を目指してきた。

それら自体は善意から発するものでも、禁止条約の推進が直ちに核兵器の脅威をなくすことはできない。

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今の科学技術の水準では、核兵器による攻撃や脅しは、核兵器による反撃の構え(核抑止力)がなければ抑えきれない。不本意であっても、それが現実なのだ。

日本の歴代政権は、国民を守るために核抑止力が不可欠だと考え、米国の「核の傘」に依存してきた。米国は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国へ決議案への反対を促す書簡を送り、「適切な核兵器とミサイル防衛能力に基づく抑止力はNATOの戦略の中核」だと強調した。日米間でも当てはまる考え方である。

米国をはじめ核保有国が条約に加わることは考えにくい。核兵器を放棄すれば、放棄しない国や将来登場するかもしれない核保有国に、生殺与奪の権を握られてしまうからだ。

ひとたび使用されれば甚大な被害をもたらす核兵器の廃絶が、人類の悲願であるのは確かだ。それには、急進的な禁止条約は無益である。核拡散防止条約(NPT)が定める核軍縮交渉義務の履行を促していく、漸進的な方策をとることが近道である。
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[毎日新聞] 小池「政治塾」 安易な候補探しは困る (2016年10月30日)

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小池百合子東京都知事が主宰する政治塾「希望の塾」がきょう開講する。応募者は小池氏らの当初予想を大きく上回る4500人以上に上ったという。今の「小池人気」を物語るものだろう。政治に関心を持った人たちが集まって学ぶ場ができるのは歓迎すべき話である。

ただし小池氏には来夏の都議選を控え、独自に候補を擁立するための候補者発掘の場としたいとの狙いもあるようだ。

過去にも政治家がこうした塾を設立した例はあるが、成功しているとは言い難い。国会、地方議会ともに議員の「質の劣化」が指摘されて久しい。安易な候補探しは禁物だ。

政治塾は第1期として来年3月まで6回開講し、受講料は男性5万円、女性4万円、学生3万円。都政改革や待機児童問題などをテーマに学び、調査や討議を通じて実際の政策立案に携わる機会も設けるという。募集要項には政治家を志す人は個別にサポートすると記載しているから「小池新党の布石」との見方が出るのは当然だろう。

小池氏は自民党の方針に反して都知事選に出馬し当選した。ところが自民党は先の衆院東京10区補選では「小池人気にはかなわない」と見て、都知事選で小池氏を応援した若狭勝氏を公認。若狭氏が当選を果たしたことから、小池氏と自民党本部との関係は修復されつつあるようだ。

だが、小池氏と都議会や自民党都連とはなお、ぎくしゃくしている。このため今後、自民党が小池都政に協力しないなら来夏の都議選で、自民党都議の選挙区に独自に候補者を立てて対決する??。政治塾の開講が、そんな駆け引きの材料になっている印象は否めない。

政治家による塾といえば、2001年にできた自由党の小沢一郎共同代表が塾長を務める政治塾や、大阪市長だった橋下徹氏を中心とする大阪維新の会が12年に作った「維新政治塾」などの例がある。

維新の塾も当時の「橋下人気」を背景に2000人を超える塾生を集めて話題を呼んだ。実際に塾生出身の議員は国会、地方議会通じて少なくない。しかし現実には、一時的な風に乗り、あるいは風を利用して当選しても、後に不祥事を起こして党を除名になった議員もいる。

依然、世襲議員が多い日本の政治風土の中で、政治家志望の有能な人材を、どう発掘し、育てていくかは、確かに大きな課題だ。

小池氏は「政治に関わる方を増やしていくことが政治の質の向上にもつながる」と言う。その通りだろう。何よりも重要なのは、「数」より政治家の「質」の向上だ。それを最優先してもらいたい。
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[毎日新聞] 読書週間 本で学ぶ力を育みたい (2016年10月30日)

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秋が深まるなか、第70回読書週間が始まっている(11月9日まで)。ことしの標語は「いざ、読書。」。本の社会的な意味や、学校図書館の役割を考える機会にしたい。

毎日新聞社が、16歳以上を対象に実施している読書世論調査が、節目となる70回を迎えた。

終戦まもない1947(昭和22)年、「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意の下、第1回読書週間が設けられた。それに合わせて読書世論調査は始まり、日本人の心の軌跡を映してきた。

日本が文化国家になるためにはどんな書籍の出版に力を入れなければならないか。今回、第1回と同じ選択肢で聞いたところ「歴史」が15%でトップになった。第1回は「科学技術」が最も多かった。

同じ年に設けられた毎日出版文化賞の第1回受賞図書には、「細雪」などとともに自然科学の書物が多く選ばれた。ベストセラーの一つには「キュリー夫人伝」があった。

復興は科学技術からという国民の意識が、高度成長やバブル崩壊などを経て、過去を教訓に現在と未来に思いを巡らす方向へと移り変わったことがうかがえる。

もっとも、この間に若者らの読書離れは進み、文化国家の基礎が揺らぎかねない事態になっている。それでも時代を超えて読み継がれている文芸作品は少なくない。

没後100年になる夏目漱石の「坊っちゃん」は「読んだことがある」と61%が答え、最も読まれた本に選ばれた。教科書に取り上げられることで人々に親しまれ、定着している様子が見て取れる。

子どもの読書体験は、学びの土台を形作る。学校図書館は本との出合いの場として、その土台作りに貢献してきたと言えよう。

しかし、図書予算がこれまで十分に計上されてきたわけではない。

全国学校図書館協議会(全国SLA)の森田盛行理事長は「学校図書館には古い本が多い。新しい知識を得るには本を買い替えなければならないが、購入費が少ない」と話す。

子どもの間には学校図書館に他の役割を望む声もある。

毎日新聞社が全国SLAと小中高生を対象に実施した第62回学校読書調査によると、小中高とも5割近くが学校図書館の先生に「安心できる場を作ってくれる」ことを期待していたのだ。

子どもたちは、学校図書館に学習の支援にとどまらず、心の癒やしを求めるようになっている。

学校図書館は学びの力、ひいては生きる力を身につける場所である。現代社会を映す知識を提供し、多様な期待に応えるため、継続的に人材と予算を確保してもらいたい。
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[朝日新聞] 不登校調査 多様な姿を受けとめて (2016年10月30日)

子どもたちの不登校に歯止めがかからない。

文部科学省が全国の小中学校を調べたところ、年間30日以上休んだ子は昨年度12万6千人いた。うち90日以上休んだ人数は7万2千人と、全体の57%を占めた。90日といえば年間授業日数の半分近くにあたる。

学校は不登校の子を何とか呼び戻そうと努力してきた。にもかかわらず、この数字である。どの子も一律に学校に通わせようとする今の制度は、壁に突き当たっているといえよう。

ひとくちに不登校といっても実態はさまざまだ。

友人や教員との人間関係に疲れて学校に通えなくなった子。自治体の教育支援センター(適応指導教室)に通う子。民間のフリースクールに居場所を見つけた子。引きこもりの子。貧困や虐待が背景にある子……。

そこに共通の処方箋(せん)はない。

すべての子に学校が最善・最適とは限らない。そう発想を切りかえ、選択肢を増やす。学校や教育委員会は訪問支援などを通じて、子どもの様子を的確に把握する。フリースクールや福祉機関とも連携し、その子に適した学びの場を考え、導く。

そんなとり組みを真剣に進める必要がある。

もちろん簡単な話ではない。

自治体の約4割は教育支援センターをもたず、フリースクール、フリースペースなどの民間施設は都市部に偏在している。それでも、子どもたちの学ぶ権利の保障にむけて努力するのが大人の務めである。

学校が自らのあり方を省みることも欠かせない。いじめや暴力をなくし、学ぶ意味を感じられる場にすることは、不登校の子に限らず、在籍するすべての子の幸せに通じる。

長期欠席の姿や受けとめは、時代とともに変わってきた。

戦後しばらくは働くための欠席が多かったが、高度成長とともに減り、やがて登校拒否という言葉が盛んに言われるようになる。個人の病理とされ、強引に学校に連れだす指導が行われた。だが批判の高まりを受け、国は92年「誰にでも起こりうるもの」と位置づけを変えた。

文科省の有識者会議が今夏まとめた報告は、この延長線上に立つ。不登校を「『問題行動』と判断してはいけない」とし、「寄り添い、共感的理解と受容の姿勢を持つ」ことを求める。

多くの子の悩みや苦しみを経て到達したこの考えを、今後の制度や政策にどう反映させていくか。大切なのは、当事者である子を中心に考え、一人ひとりの成長を支える姿勢である。
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[読売新聞] 中国6中総会 習氏への権力集中が止まらぬ (2016年10月30日)

中国共産党の習近平総書記(国家主席)への権力集中が鮮明になったと言えよう。

習政権下で6回目となる党の中央委員会総会(6中総会)は、「習近平同志を核心とする党中央」と初めて明記した声明を採択し、閉幕した。

「核心」は党指導者として別格の存在であることを意味する呼称だ。毛沢東やトウ小平、江沢民元総書記に使われたが、胡錦濤前総書記には用いられなかった。

来秋の党大会で2期目に入る習政権は、指導部メンバーが大幅に交代する。自らの権威を毛沢東らと同等に位置づけ、人事の主導権を握る狙いがあったのだろう。

6中総会は党員の政治活動の指針となる準則も決め、引き締めの重点を政治局常務委員や政治局員、中央委員ら「高級幹部」に置く。政権の求心力を維持するために「反腐敗」運動を利用し続ける姿勢を明確に示したものだ。

一党独裁の中国は「法治」を掲げながら、「司法の独立」はない。党幹部の腐敗摘発は、法を超越した党の監督機関である中央規律検査委員会が担う。「反腐敗」は政治闘争の道具にほかならない。

習氏は就任以来、江氏の派閥に属する軍の前制服組トップや胡氏の元側近ら政敵を排除し、自身に権力を集中させてきた。処分した党員は100万人を上回る。

6中総会の前には、失脚した幹部が「党や国民を裏切った」などと懺悔(ざんげ)する特別番組のテレビ放映をスタートさせた。

国民受けのする大物の摘発が一段落したため、「反腐敗」を政治ショー化し、政権支持への新たな推進力にしたいのだろう。

党内基盤を固めた習氏が恐れるのは、経済減速に伴って国民の不満が膨らむ事態ではないか。

今月半ばには、軍の指導機関に当たる中央軍事委員会や国防省が入る北京市中心部のビル周辺で、全国から集まった数百人の退役軍人が抗議活動を行った。

年金支給や再就職斡旋(あっせん)などの待遇改善を求める元軍人らによるデモは度々各地で起きているが、北京での大規模な行動は異例だ。習氏の進める兵力30万人の削減に不安を強めているとみられる。

退役軍人よりはるかに弱い立場にある出稼ぎ労働者ら貧困層の苦境は、一段と深刻化している。

強大な権力を手にした習氏が社会的弱者を支援する人権派弁護士を弾圧し、異論を力で抑え込む。そんな強権統治が続くなら、世界2位の経済大国にあるまじき異形が際立つだけである。
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[読売新聞] 企業情報開示 報道の自由配慮したルールに (2016年10月30日)

企業による公平な情報発信は、市場の公正さを維持する基礎となる。

金融庁が、上場企業に対して公平な情報開示を求める新たなルールの導入の検討を開始した。

来年の通常国会に金融商品取引法改正案を提出し、2018年にも施行したいという。

上場企業が、業績予想や合併計画など株価に影響を及ぼす未公表の情報を、第三者に提供するのを制限する内容だ。

内部情報を入手した一部の人が株式売買などで不当な利益を得れば、市場の公正性への信頼は損なわれよう。新ルール導入の趣旨は理解できる。

公平開示ルールは、既に欧米で導入されている。

重要情報は、適時開示が原則だが、企業が開示前の情報を特定のアナリストなどに伝えてしまう場合もある。そうした際は、同じ情報を速やかにホームページなどで公表することで弊害を防ぐ。

日本の現行法でも、内部情報を得た人が、その企業の株式を売買することは、インサイダー取引として摘発される。だが、企業が単に内部情報を第三者に伝えただけでは、処罰の対象にならない。

このため、欧米並みの規制を求める声が出ている。

ただし、導入に際して注意すべき点も少なくない。

業績悪化や不祥事などの「不都合な真実」を、企業側が隠す口実に使われる恐れがある。

投資家との対話に消極的な企業が、アナリストや報道機関の取材をシャットアウトするための方便に使うとの懸念もある。

実際に、米国で規制が導入された際には、企業側が摘発を恐れ、アナリストとの会合を一斉に中止するなど、過剰反応ともいえる動きが見られたという。隠蔽の口実に使われないことが大切だ。

特定のアナリストに提供された情報は、速やかに公表されることになる。独自情報の収集にアナリストが努力しなくなり、企業と市場関係者のなれあいや、対話の質が低下する恐れも指摘される。

日本に導入する際には、欧米での経験も踏まえ、充実した情報開示につながるよう、制度設計で工夫することが求められる。

米国では、守秘義務を負う弁護士や会計士などに情報を伝えた場合はもとより、報道機関の取材に応じたケースでも、一般に公表する必要がない仕組みだ。

日本でも報道の自由に配慮し、報道機関による取材・報道が、制限を受けないようにすべきだ。
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[朝日新聞] 台湾の脱原発 民意を映す政治の決断 (2016年10月30日)

9年後に原発をゼロにする。この目標に向けて、台湾が一歩を踏み出した。日本の福島第一原発事故から教訓を真剣に学んだ取り組みであり、その行方に注目したい。

台湾は日本と同じく、資源に乏しい。中国と対峙(たいじ)し、国際的に孤立していく緊張の中で1970年代に原発導入を図り、現在は3基が稼働している。

だが地震などの自然災害が多いことも日本と共通する。福島の事故を契機に、脱原発の市民運動が大きなうねりとなった。建設中だった第四原発でトラブルが続いて原発政策全般への不信感が広がった面もある。

こうした動きを受け、民進党の蔡英文(ツァイインウェン)氏は年初の総統選で脱原発を公約の一つに掲げて当選した。同時実施の議会選も民進党が過半数を占め、政策決定の障害はなくなった。関連法の改正案は年内成立の見込みだ。

原発は台湾の発電容量の14%を占める。これから9年でゼロにするのは高いハードルかもしれない。電力不足や料金高騰を不安視する声は根強い。

だが、李世光経済部長(経済相)は「廃棄物の問題を子孫に残さないためにどんな政策が必要かということこそを考えるべきだ」と訴える。原発問題を真正面から問う重い言葉だ。

台湾では離島に低レベル放射性廃棄物の貯蔵施設があるが、地元の反対運動が続いている。

原発の代わりに自然エネルギーの比率を今の4%から20%にする。主力は太陽光と風力だ。蔡政権が方針を明示したことで産業界は動きやすくなる。関連分野の雇用への期待が高まる。22年に原発をなくすドイツでも同様の動きが起きている。

台湾企業は新技術を素早く吸収し、普及しやすいものへ改良するのが得意だ。節電のノウハウも磨く余地があろう。台湾と関係が深い日本企業にとっても好機ではないか。

原発が国民党独裁政権下で始まった事業であったのに対し、民進党は以前から反原発の姿勢で、電力事業へのしがらみがない。政権交代がそのまま政策転換を生む形になった。

台湾社会ではすでに原発を疑問視する声が主流だった。前の国民党政権も、世論に押されて第四原発建設を凍結した。脱原発は、政治が指導力を発揮したと同時に、政治が民意を正確に反映した結果といえる。

日本でも原発の再稼働への懸念は強く、最近も鹿児島、新潟両知事選の結果に示された。しかし国策に大きな変化がないのはなぜか。台湾の決断は日本のさまざまな問題を考えさせる。
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2016年10月29日

[東京新聞] 核兵器禁止条約 被爆国が反対するとは (2016年10月29日)

核兵器を国際法で禁ずる「核兵器禁止条約」について、国連委員会は来春から交渉を始めるとの決議案を採択したが、日本は反対した。広島、長崎の被爆者と、核を持たない国々の批判が広がろう。

国連総会第一委員会(軍縮)の決議案は賛成多数を得たが、核保有国の米英仏ロと、米の核抑止力に頼る日本や韓国、北大西洋条約機構(NATO)加盟国などが反対した。中国は棄権した。

「核使用による破滅的な結末を懸念」するとともに、「核兵器なき世界実現のため、法的拘束力のある措置が必要だ」と明言した。年末の総会本会議で正式に採択され、最初の協議が来年三月下旬に開かれる。

広島への原爆投下から七十一年。核実験を禁ずる条約はあるが、ようやく、核兵器そのものを禁止する条約の制定に一歩を踏み出したことを評価したい。

核兵器の非人道性は、オーストリアやメキシコなど核を持たない国々が訴えてきた。万一、核が使われたら、甚大な被害が出るのはもちろん、医療陣や消防、軍隊さえも長期間、救出活動に入れない。それほど人道に反する兵器は、開発、保有、使用まで全面的に禁止すべきだという考えだ。

しかし、核保有国の抵抗は激しい。核抑止力による安全保障を考慮しながら、段階的に軍縮を進めるべきだと一貫して主張する。

日本政府が決議に反対したのは、米ロなど核保有国の参加が難しいのに条約制定を急いでも実効性がないと、判断したためだ。北朝鮮の核、ミサイル開発が加速する現状では、米の「核の傘」を弱める決議には同調できなかった。だが、米国の圧力があったとしても、棄権ではなく反対に踏み切ったことで、被爆国としての発言力を弱めるのではないか。

これとは別に、日本は各国指導者らへ被爆地訪問を呼びかけた別の核兵器廃絶決議案を主導し、採択された。核兵器禁止条約には反対しながら、廃絶を訴えるという投票行動は実にわかりにくい。

五月にはオバマ米大統領が広島を訪問し、国内外に核なき世界への道を進もうと訴えたばかりだ。日本の核政策が世論、国民感情の疑問を抱えたままでは、国際社会への説得力も欠く。

核を持つ国々と持たない国々の亀裂、対立が激しくなろう。日本は両者の橋渡しの役割をするという。世界の潮流が核廃絶に動きだしている現実をしっかりと見て、腰を据えた主張を望みたい。
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