2014年10月23日

[東京新聞] 国産ジェット機 まさに日本が試される (2014年10月23日)

国産初の小型ジェット旅客機、MRJ(三菱リージョナルジェット)初号機が完成し来年の初飛行を目指す。安全、快適、省エネ、それに適切な価格。正念場はここからだ。まさに日本が試される。

MRJは、プロペラ機の「YS11」以来、約半世紀ぶりに日本が旅客機製造に乗り出す官民一体の事業だ。家電や自動車の生産拠点が海外に移る中、技術革新の起点となりうる航空機産業への期待は高い。

三菱航空機(名古屋市)が、親会社である三菱重工業の愛知県内の工場を主力拠点に開発する。座席数七十〜九十席で、米国の近距離路線などで需要が多い。小型ジェットの市場規模は今後二十年で五千機といい、三菱は「その半分を取りたい」と意気込む。

市場はブラジルのエンブラエルとカナダのボンバルディアがほぼ二分する。その中でMRJは新規参入ながら上々の滑り出しを見せている。

燃費性能や静粛性を売りものに全日空や日本航空のほか米国やミャンマーの地域航空会社からも受注し、その数は現段階で四百機を超える。予定では二〇一七年に全日空に量産一号機を引き渡す。

ものづくりで世界をリードする日本だが、航空機では事実上、米国の下請けに甘んじてきた。MRJ開発でも、世界との開きが見て取れる。

「国産」旅客機をうたうが、国産部品の比率は胴体や翼を中心に、価格ベースで約三割にとどまる。燃費や静粛性で大きな要素となるエンジンは、米メーカーの最新型を使う。競合メーカーも同じエンジンを採用すれば、MRJの優位性は薄れてしまう。

メーカーだけでなく、国の安全審査体制も課題だ。日本は航空機開発に半世紀のブランクがあり、国際的に信用される審査のできる人材も足りない。

空の世界では、米国や欧州の安全基準を満たさなければ事実上、世界で飛ぶことはできない。実績のないMRJを売り込むには、安全性こそが生命線である。米欧で通用する審査体制をいかに早く整えられるかも問われる。

今、日本の基幹産業となっている自動車産業も、当初は試行錯誤の連続だった。それでも挑戦し続けて新たな扉を開いた。世界に誇る日本技術の牽引(けんいん)役となった。

MRJも機体納入まで長い道のりとなるが、初号機完成を足場に着実に課題を乗り越えていってほしい。
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[東京新聞] 道徳の教科化 心を評価する危うさ (2014年10月23日)

小中学校の「道徳の時間」を検定教科書を使う正式な教科に格上げし、子どもの人格の成長ぶりを評価する。中央教育審議会が文部科学相に出した答申である。大人はそんなに立派な存在なのか。

現行の道徳は教科外活動とされ、検定教科書はなく、成績評価もなされてこなかった。これが二〇一八年度から「特別の教科」に位置づけられる見通しとなった。

国定教科書を用いた戦前の「修身」は愛国心といった徳目を国民に植えつけ、軍国主義教育の中核を担った。戦後の道徳教育はその反省に立って行われてきた。答申が時計の針を巻き戻す結果を招かないか気がかりだ。

国語や算数・数学、理科、社会などの既存の教科は、先生が自らの知識や技能、経験も踏まえ、子どもに伝授するのにふさわしい分野といえる。テストという物差しをあてがい、習得具合を客観的に評価することができるからだ。

道徳は対照的だ。物事の善悪や正邪にとどまらず、人間の生き方や価値観をも正面から取り上げる分野である。子どもの心奥に働きかけ、人格形成に大きな影響を与えるだろう。無論、テストでその発達ぶりを測ることはできない。

そこで、答申は、点数式を排除して記述式の評価を求めたが、子どもの内面の在りように成績をつけさせることに変わりはないのだ。先生個人の主義主張や好き嫌い、えこひいきが入り込む。

最大の問題は、何をどう評価するかだ。国が一律の物差しを作れば、自由かつ多様であるべき価値観や思想信条を統制することになりかねない。成績評価がついて回るから、子どもや親が無批判に受け入れてしまう懸念がある。

国の検定基準に見合う教科書が導入されるのも心配だ。愛国心を定めた教育基本法に照らし、重大な欠陥があると失格になる。合格を意識するあまり画一的な偉人伝や格言、素材に偏らないか。やはり戦前をほうふつさせる。

そもそも世の中の大人に、子どもの道徳性を評価する資格があるのだろうか。

小渕優子前経済産業相はお金を正しく管理できず、松島みどり前法相はうちわを配り、そろって法律違反を疑われて閣僚を辞めた。国の責任者に選ばれる大人でさえ、人格完成へまだ道半ばではないか。

貧困、紛争、温暖化…。社会の難題の解決には、人間の道徳心が肝要である。大人も子どもと一緒に悩み、考え、学び合う。その姿勢を欠いては、未来は危うい。
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[産経新聞] 【主張】学力テスト 競争封じる悪弊を見直せ (2014年10月23日)

小中学生の全国学力テストで、市町村や学校別成績を順位付けして公表するなど実施要領に反した自治体に対し、文部科学省が結果データの一部を提供しないなどの罰則化を検討している。

だが順位が分かり競い合ってこそ学力は向上するものではないか。競争を封じる悪弊こそ見直すべきだ。

きっかけは、静岡県の川勝平太知事が、市町教育委員会の同意を得ずに市町別成績や全国平均を上回った学校の校長名を公表したことだ。

全国学力テストの実施要領では、市町村別や学校別の成績を公表する場合、順位付けしないことなど配慮を求めている。

違反した自治体への罰則化は、安易な成績公表によって学校の序列化や過度の競争を招かないよう再発防止のためだという。

たしかに市町教委の同意を得ずに公表するなど川勝知事のやり方に問題がないとはいえない。地域の実態をふまえ、十分な教育的配慮は当然必要だ。

しかし、ランキングを嫌っては自校がどの位置にあるのかよく分からない。長所や課題もみえにくくなる。

平成19年度から現行の学力テストが復活した際も、都道府県別の順位付けに批判があった。しかし上位の秋田県の取り組みが紹介されるなど、順位が分かり活用された効果が大きい。

昭和30年代の学力テストは日教組などの激しい反対運動で中止された。このときも序列化や過度の競争を招くと批判された経緯がある。民主党政権時には、現行学力テストで全員参加をやめ、抽出方式に一時縮小された。

自民党政権で全員参加に戻り、今年度から順位付けしなければ学校別や市町村別の成績公表ができるようになった。文科省が慎重に進めていることは分かるが、順位付けを「ルール違反」といわずに、さらに積極的な公表を促し、活用しやすくしてほしい。

成績が悪くても積極的に公表することによって保護者の信頼と協力を得られ、連携して学力向上に取り組む学校もある。

保護者から公表の要望が多いのに対し、これまで教育委員会や学校側は消極的だった。競争や評価を嫌い、結果責任をあいまいにする教育界の意識こそ変えてもらいたい。
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[産経新聞] 【主張】石綿訴訟和解へ 「不作為」の清算は当然だ (2014年10月23日)

大阪府泉南地域のアスベスト(石綿)工場の元労働者らが、肺がんなどの健康被害を訴えた集団訴訟で、最高裁が国の賠償責任を初めて認めたのを受け、塩崎恭久厚生労働相は和解を申し入れる方針を示した。

最高裁判決で違法とされた安全対策の遅れも原告に謝罪する。

提訴から約8年半だが、被害が表面化して半世紀以上になる。原告は高齢化しており、亡くなった人も多い。全面解決を急ぐ姿勢は評価できる。

最高裁判決は、昭和33年には石綿の飛散を防ぐ排気装置に関する実用的な知識や技術が普及し、速やかに設置を義務付けるべきだったとした。設置義務化は46年になってからで、国が規制権限を行使しなかった対策の遅れを違法と断じた。

被害の救済は、不作為責任を指摘された国が行うのが当然と言えよう。33年から46年までの間に被害に遭い原告団に加わっていない元労働者との和解も急がれる。

同種の訴訟は泉南訴訟を含めて全国で14提起されている。ただ、工場内での被害と、建設現場の労働者、さらには周辺住民が訴える被害では、個別に事情が異なる。すべてが国の責任に帰すべきものではなく、事業者などの責任も免れない。

石綿は天然の鉱物資源で、安価で耐熱性、耐久性、絶縁性などに優れ、建材や工業製品に広く用いられてきた。泉南地域は古くから石綿紡績業が盛んで、最盛期には約200社もが操業していた。とくに戦後は、鉄鋼、造船、自動車など主要産業に製品を供給し、高度経済成長を支えてきた。

吸い込むと肺がんや中皮腫などを発症する健康被害は戦前から確認され、35年施行のじん肺法では石綿を扱う作業従事者に健康診断を義務付けている。

石綿製造は零細な業者が多く、石綿の製造や輸入が平成16年に原則禁止となって、すでに全業者が転廃業している。

一方、禁止前に建材として使用され、建築物の一部として残っている石綿は多い。国土交通省の試算では、民間建築物約280万棟が「石綿使用の有無が未調査」とされる。今後、解体工事の際や、地震などの災害によって飛散する可能性がある。

国は残存する石綿の調査や対策にも力を入れるべきだ。
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[毎日新聞] 社説:石綿訴訟で和解 原告以外も広く救済を (2014年10月23日)

大阪府南部地域のアスベスト(石綿)関連工場の元従業員らによる集団訴訟で、健康被害に対する国の責任を認めた最高裁判決を受けて、塩崎恭久厚生労働相は、大阪高裁に審理を差し戻された原告28人に和解を申し入れる方針を表明した。勝訴が確定した54人と合わせた計82人に面会し謝罪するという。

被害を防止するための規制を怠った国の不作為を違法とした司法判断が確定した以上、当然の対応だ。速やかに救済に動いてもらいたい。

石綿被害者は原告以外に大勢いる。政府はそういう人たちに目を向け、実態に見合った救済策を打ち立てるべきだ。今回の和解と謝罪で終わるものではない。

最高裁判決は、石綿の危険性が明らかになった1958年以降、事業者に粉じんの飛散を防ぐのに有効な排気装置の設置を71年まで義務付けなかったことを違法とした。塩崎厚労相は、訴訟に参加していない工場労働者らもこの期間に被害を受けていれば提訴のうえ和解して賠償する意向を示した。埋もれた被害がないかどうかを調査する必要もある。

判決は、71年より後に就労した元従業員については請求を棄却した。そのため国は和解対象としない方針だ。しかし、最高裁が指摘した責任の範囲内でしか救済しないという考えでは全面解決につながらない。

石綿被害で国の責任を求める裁判は、各地の建設現場で働いた元労働者ら700人以上が200億円以上の賠償を請求した集団訴訟や、工場周辺住民が起こした訴訟がある。これらも今回の救済対象から外れた。

確かに最高裁判決は、工場内の排気装置について国の責任を認めたもので、屋外作業の建設労働者らの訴訟に直接影響しない。とはいえ、元建設労働者の裁判では地裁段階で、防じんマスク着用の義務付けが遅れたとして国の責任を認めた判決が出ている。法整備や補償制度の再検証を国に促した判決もある。

経済成長を優先し、健康対策を後回しにしたことで被害が拡大した現実を国は重く受け止め、できるだけ広い救済を図らなければならない。

労災保険が適用されない個人事業主や周辺住民らを対象にした石綿救済法は「隙間(すきま)のない救済」が目的だ。しかし、給付額は見舞金程度で、労災や公害の補償と比べ不十分という批判がある。対象の病気も労災より限られている。最高裁判決を機に制度を見直すべきではないか。

石綿関連がんの中皮腫で毎年1000人以上が死亡しており、潜伏期間が長いため今後も被害の拡大は避けられない。継続的な健康診断の実施などで被害の早期発見にも努める必要がある。

2014年10月23日 02時30分
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[毎日新聞] 社説:道徳の教科化 子供の何を見守るか (2014年10月23日)

小中学校の「道徳の時間」を「特別の教科」(仮称)にし、子供たちの成長などを評価する。

この中央教育審議会の答申を受けて文部科学省は学習指導要領改定などを急ぎ、2018年度にも検定教科書で授業を始める。

何のための教科化か。

複雑な内面の問題とも向き合う道徳は、押しつけ的な「規格化」や、一定の価値観などが物差しになりがちな「評価」はなじまない。私たちはこう疑問を投げかけてきた。懸念はぬぐえない。

今は「教科外活動」の道徳は、教科ではないから、検定教科書も成績評価もない。授業は週1回が通例だが、学校によって取り組み度合いに開きがあり、実際には他の教科の授業などに充てられているところが少なくないと指摘されてきた。

11年の大津市の中学生自殺事件など学校の深刻ないじめ問題が注目され、道徳教育の不十分さが背景にあるとも論じられ、今回の教科化議論へとつながった。

いわば「格上げ」によって道徳教育を「軽視」されない、実効あるものにしようという考え方である。

もしそれが一律実施を促したり、チェックしたりするためなら、中央統制的な空気で一線の先生たちは息苦しさを感じるだろう。

答申は、特定の価値観を押しつけたり、言いなりに行動するよう指導したりすることは道徳教育に全く反するとし、多様な価値観と向き合い考える力が大事だと強調する。

また、ネット時代の情報モラルや生命倫理など、今日の社会問題をテーマに取り入れることも提言する。難しい面もあるが、子供たちを引きつけ、考えさせるだろう。

評価は必要だろうか。

答申は、道徳に数値的評価、つまり点数化して成績序列を作ることは否定しており、総合的な観点での記述式となる。まだ具体的ではない。

だが、学習指導要領や検定教科書の大枠内で、多様なテーマ設定や独自の取り組みはどこまで可能か。評価も、ただ理解・態度の「達成度」を比較して測ることにはなじまないはずだが、つい「いい子」度合いを尺度にしてしまう懸念はないか。

内面にさまざまな課題を抱え、支援を必要とする子供たちを見守り指導する先生は多い。その記録は、評価よりも、同僚の先生や家庭などと分かち合う情報やヒントとして生かすことが大切ではないか。

今の時代に根差し、グローバルな視点で新たな道徳教育をという理念には賛成だ。

そのためには、できるだけ枠をはめず、多様で独自の工夫を生かした取り組みができるようにしたい。

2014年10月23日 02時35分
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[読売新聞] 携帯電話契約 消費者縛る商法の見直し急げ (2014年10月23日)

好条件で新規契約を勧誘する一方で、他社への乗り換えにはさまざまなハードルを設ける。

そんな携帯電話会社の「囲い込み商法」を変えられるだろうか。

総務省の審議会が、携帯電話会社の競争促進やサービス向上策を盛り込んだ報告書をまとめた。

契約から一定期間は、無料で解約できるルールの策定を提言した。携帯電話やスマートフォンの端末を、他社のサービスで使えないように制限する「SIMロック」の解除の義務化も求めた。

総務省は報告書をもとに、2015年度から新たな制度を導入する方針だ。健全な競争の促進や、消費者の利益拡大につながる改革としてもらいたい。

無料解約制が始まれば、いったん契約しても、電波状況やサービスに不満があれば、他社に契約を変えやすくなる。消費者が、料金やサービスの良い会社を選びやすくなるメリットは大きい。

ただ、解約時にSIMロックが解除されていないと、新品の端末があるのに、買い直さねばならない。実効性は限られよう。

報告書は、最初からSIMロックをかけないか、購入から一定期間で解除することが適当とした。総務省は、利用者が希望すれば、携帯電話会社が直ちに解除に応じる仕組みを取り入れるべきだ。

これらが実現しても、囲い込みの解消へ、残る課題は多い。

特に問題なのが「2年縛り」と呼ばれる契約形態だ。2年契約を結ばないと、端末価格や通信料が割高になる。途中解約すると多額の違約金を求められ、乗り換えをためらう利用者は少なくない。

今回の報告書は、「2年縛り」について改善策を示さず、今後の検討課題とするにとどめた。

消費者の選択肢を狭める商慣行には問題が多い。総務省は利用者の声にきちんと耳を傾け、さらなる改革を急がねばならない。

端末の安売り合戦が、再び過熱してきたのも気がかりだ。

米アップルのiPhone(アイフォーン)6が9月に発売されたのを機に、携帯各社は古い端末の高額な下取りを開始した。

各社は、あくまで「買い取り」であり、かつて問題となった格安販売とは違うと説明しているが、実情は大差あるまい。

買い取り費用は結局、通信料などでまかなわれ、そのツケは利用者に回る。頻繁に端末を買い替える人のために、同じ端末を使い続ける人が不利益をこうむる現状は改める必要がある。
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[読売新聞] 後期高齢者医療 過剰な保険料軽減はやめよう (2014年10月23日)

超高齢社会で社会保障制度を維持していくためには、高齢者にも応分の負担をしてもらうことが欠かせない。

75歳以上を対象とする後期高齢者医療制度で、厚生労働省が、低所得者などの保険料負担を本来より軽減している特例を見直す方針を示した。2016年度にも実施する考えだ。

低所得者については、保険料の中で全員が払う「均等割」を最大7割軽減するのが、本来のルールだ。特例では、これを最大で9割軽減としている。

75歳になるまで、家族が入る医療保険の被扶養者だった人にも特例がある。本来、2年間に限り5割軽減される均等割が、無期限で9割軽減となっている。

特例の対象者は865万人に上り、全加入者の過半数を占める。うち485万人は9割軽減で、保険料額は全国平均で月370円と極めて低い。特例には今年度予算で811億円が投じられた。

75歳未満の無職や自営業の人が加入する国民健康保険より、格段に手厚い軽減策である。被扶養者だった人には低所得者に該当しないケースも多い。公平性の観点から、厚労省が特例の廃止を打ち出したのは、もっともだ。

08年に後期高齢者医療制度が創設された際、民主党などが「うば捨て山」と非難したため、自公政権は高齢者の反発をかわそうと、特例を導入した。

後期高齢者医療制度の目的は費用負担ルールの明確化だった。的外れの批判で、制度が「政争の具」とされた末の産物が特例だ。

75歳以上の医療費は、5割が税金、4割が主に現役世代が加入する医療保険制度からの支援金で賄われている。高齢化に伴う医療費の膨張で、赤字に陥る健保組合が続出している。現役世代の負担感は強まる一方だ。

支える側の納得がなければ、制度は維持できない。年齢で区別せず、支払い能力に応じて負担する方式に転換するのが、社会保障制度改革の大きな流れである。

高齢者の生活に配慮し、特例廃止は段階的に進めるべきだ。消費増税や年金の給付抑制で、高齢世帯の家計は厳しさを増そう。政府には丁寧な説明が求められる。

特例を廃止しても、現役世代との不公平感は残る。

高齢者には、サラリーマンの給与所得控除より手厚い公的年金等控除があり、保険料算定のベースとなる所得が少なくなる。遺族年金は所得に計上されない。これらの見直しも、今後の課題だ。
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[朝日新聞] 認定こども園―減収の不安をなくせ (2014年10月23日)

働く親にとって、保育所は仕事を辞めれば子どもを預けることができず、幼稚園は長時間預けるのが難しい。2006年にできた「認定こども園」なら、親の働き方に関係なく子どもを通わせることができる。

その認定こども園で、認定を返上する動きが出ている。来年度から始まる新制度で、大幅な減収が見込まれるためだ。定員割れが増えている幼稚園が認定こども園として保育も担えば、全国に2万人以上いる待機児童の減少にもつながる。国は減収を防ぐ対策を急ぐべきだ。

認定こども園は、今年4月時点で全国に1359カ所ある。文部科学省所管の幼稚園と厚生労働省所管の保育所の二本立てで運営してきた制度を来年度から改め、内閣府で全体を所管する。これに伴い、補助金の出し方も変える。幼稚園部分に出している私学助成の主立った費用を、園児1人あたりの単価をベースに計算する補助金に置き換え、現在の保育所補助金のような支給方法に一本化する。

大規模な園は、例えば人件費を園児1人あたりで計算すれば小規模園より少額にできる、との考え方から、補助単価を低く設定している。私学助成は都道府県ごとの差が大きい。

来年度から全国一律に新方式の補助になると、大規模園や私学助成が手厚かったところで減収になる可能性があるという。

7月に国が実施した調査では約1割の認定こども園が認定を返上するとの意向を回答。全国認定こども園協会には「減収になるから認定返上せざるをえない」との声が寄せられている。国会質問でも、減収による認定返上への懸念が指摘された。

仕組みが大きく変わる際には、十分な事前説明が不可欠であり、経過措置も必要だろう。しかも、今回は率先して新たな取り組みに乗り出していた園が不利益を被りかねない状況だ。

国は、こども園側が試算の方法を間違えて「減収になる」と誤解しているケースもあるとみているが、誤解の解消も含めて丁寧な対応が欠かせない。

新制度の財源は、消費税を10%に引き上げた時点で7千億円があてられる。それでも新制度で必要と見込む1兆円超には届かず、別途3千億円超を確保しなければいけない。そこに生じた今回の事態。補助金の設計に見通しの甘さがあった面は、否めない。

新制度開始まで半年を切り、来年春の園児募集も始まりつつある。まずはこの混乱を収拾するべきだ。その最も大きな責任は制度を切り替える国にある。
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[朝日新聞] 香港の対話―問われる中国の態度 (2014年10月23日)

香港の中心街が学生らに占拠されて、間もなく4週間になろうとしている。

争点である行政長官選挙をめぐり、学生団体と香港政府との直接対話がやっと実現した。

香港政府が対話に応じたことは前進と評価していい。だが、議論は平行線に終わった。

そのやりとりからうかがえるのは、香港政府自身に決定権はなく、背後にいる中国・習近平(シーチンピン)政権こそが鍵を握っているという厳然たる事実である。

長官選挙は17年に予定されている。対立点は、立候補するための資格条件だ。政府は「1200人からなる指名委員会の過半数の支持」としている。

それに対し学生側は「市民の一定の支持があれば誰でも立候補できる」よう求めている。

今回の対話で政府は、それを拒んだうえで、17年の選挙後に改めて議論しようと提案した。つまり問題の先送りだ。いまは中国の決定に従うしかない、という構えが明確になった。

では中国の態度はどうか。

北京の要人の発言に目立つのは「カラー革命」になぞらえた非難だ。カラー革命とは00年代に東欧・中央アジアで続いた政権転覆を指し、背後で米国が仕掛けた、と解釈されている。

要するに、香港の学生らによる抗議を「英米勢力の介入による陰謀」と決めつけている。

こうした陰謀説は、中国共産党が対抗勢力を排除する際の常套(じょうとう)論法だが、そんな曲解を続ける限り、抗議活動の真相を見極めることはできない。

運動の先頭に立つ学生らは政治的に目覚めた世代とされる。一昨年、中国が香港に「愛国教育」を強制しようとしたことに反発し、街頭行動に立ち上がった若者らが中心だ。その意味では、ほかならぬ中国自身が火付け役だったといえる。

彼らの要求は政権転覆ではない。よりよき選挙制度である。

学生代表の一人は対話の中で「香港は平等な社会に向かっているのか」と問うた。

財界人が多数を占める指名委に選ばれる長官候補者に、低所得者の声は届かないという問題提起だ。格差が広がる社会に向き合って選挙制度を考えようとする姿勢は、香港の内外で共感を呼ぶだろう。

普通選挙を実施する以上は、香港市民が納得して投票できるよう、制度を改善する努力を続けるのは当然だ。

現状からみて、妥協は難しそうにみえる。だが香港の民主主義を前に進めるため、また習政権に再考を促すためにも、対話を粘り強く続けてほしい。
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