2014年10月19日

[東京新聞] 週のはじめに考える 「足りない活字」が歌う (2014年10月19日)

3・11の被災地とつながりを持とうとする人々が、さまざまな活動をしています。復興もままならぬ中、私たちも何かができると気付かせてくれます。

鉄と魚が、岩手県釜石市を象徴しています。海岸線から直線で約三百五十メートル離れた場所に「藤澤印刷所」(現・フジサワ)はありました。大津波はこの三階建ての建物にも押し寄せ、二階の天井まで水浸しにしました。

三台の印刷機は潮や泥をかぶり台無しです。三階にあった鉛の活字棚も地震で崩れ、六万本以上の活字が床に散らばりました。


◆譲られたひらがなは
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「印刷で活字を使う頻度は5%程度でした。見切りをつけて、廃棄しようと思いました」と経営者の藤澤敏さん(64)は語ります。

「倒壊して活字に傷もついていたのです。でも、活版印刷は味わい深いものがあります。活字にはあたたかみがあるのです。捨てるのは断腸の思いでした」

がれき撤去のためにボランティアに来ていた東京の会社員坂井聖美さん(33)は、三階に上がった瞬間、「宝の山だ」と思いました。鉛の活字が好きだったのです。デザイン関係の人々の間では、活字はあこがれの対象になっているそうです。藤澤さんに「譲ってください」と頼みました。

もちろん全部は無理です。初めは気に入った「夢」とか「海」「希」などの漢字を選びました。自分の名前の「聖」という字も入っています。途中から無作為にどんどん土嚢(どのう)袋に詰めていきました。

重さは二十キロ。三千本ほどの活字を東京に宅配便で送りました。ひらがなの五十音のうち「あ」は六個、「か」は五個ありますが、「ぴ」や「ぷ」は一個しかありません。「っ」の促音や「ょ」の拗音(ようおん)に使う活字はありません。

「足りない活字」でした。


◆つながりの大切さを
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坂井さんは同僚から銅版画家の溝上幾久子さんを紹介されました。ちょうど英国製の小型活版印刷機を購入したばかりでした。活字を印刷できるのです。

ギャラリー主宰者の武眞理子さんと溝上さんの二人三脚で、詩人の谷川俊太郎さんや作家の多和田葉子さんら十二人のアーティストに活字が足りない状態で詩をつくってもらうことになりました。

何と、谷川さんは作品の題を「たりる」としました。

かけたかつじは

てにひろわれて

あらたなかみに

わがみをゆだね

ことばのはかげに

ひとをいこわせ

あしたをうたう

ほんをゆめみる

不自由であるはずなのに、それを少しも感じさせない調べです。

「震災のボランティアには行くことができませんでしたが、何らかの形でかかわりたかったのです」と谷川さんは語りました。

「自由詩はいくら長く書いてもいいわけです。でも、不安なんですね。入れ物があって、そこに言葉を収めてみたい−。だから、足りない活字に惹(ひ)かれました。数日で言葉ができました。うまくやったぞ、そんな感じですね」

「たりる」という題には、考えさせられます。モノや情報があふれ返っているのに、現代人は「足りない」と思いがちです。

人間が愚かなのは、満足するすべを知らないことかもしれません。

でも、大震災は人々の考え方をも揺さぶったに違いありません。少なくとも科学や技術の限界に気付かされたのではないでしょうか。モノで心を満たす限界を悟った人も多いことでしょう。

人類史は自然災害と重なっていることもあらためて認識させられました。人間は自然界に君臨しているのではなく、その住人にすぎません。それゆえ、いざ災害に遭ったときは、人と人とのつながりの大切さを痛感します。

坂井さんは東京と釜石をつなぐ活動を続けています。東京で干物を味わう会を開いたり、釜石で漁業体験をするイベントなどです。

「足りない活字」を使った十二人の作品は、東京と岩手の展覧会で人々に紹介されました。


◆みんなの幸いを探す
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溝上さんは岩手が生んだ宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の一節をこの活字で組んでもいます。

きつとみんなの

ほんとうの

さいわいを

さがしにいく

みんなの幸いを探し、思いを分かち合う行動には心を打たれます。活字はつながって初めて言葉になります。人もつながってこそ、幸せを味わうことができます。「足りない活字」の言葉は、その清々(すがすが)しさを歌っています。
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[産経新聞] 【主張】憲法9条 平和はだれが守るのか ノーベル賞騒ぎは何だった (2014年10月19日)

戦後日本の平和と安全は、憲法9条によって守られてきたのではない。当たり前のことを言わねばならないのは「平和憲法」によってのみ安全が保たれたかのような錯覚に、国民や他国の一部が陥っているようにみえるからだ。

今年のノーベル平和賞の候補として憲法9条が取り沙汰された。しかし、いま目を向けるべきは、在日米軍と自衛隊を担い手とする日米安保体制による抑止力が機能していたからこそ、戦後、他国との武力衝突が一度もなかったという冷厳な現実である。

≪多くの問題点をはらむ≫

「平和憲法で平和が保てるのなら、台風の日本上陸禁止も憲法に書いてもらえば安心して寝られる」と、皮肉を込めて憲法の欠陥を喝破した碩学(せきがく)の田中美知太郎の言葉を改めてかみしめよう。

9条を含めた現行憲法は、多くの問題点をはらんでいる。

産経新聞が昨年4月にまとめた「国民の憲法」要綱は、守るべき価値観として、天皇に加え、国民主権、平和主義、基本的人権などを挙げた。平和主義については、これまでのような「消極的平和主義」ではなく、「積極的平和主義」への転換を打ち出した。有事に備えて国防の軍を保持することも明示した。

これらは国民の平和な暮らしを守る備えを万全にする方策だ。条文にとらわれるより、よりよき日本にすることの方が憲法の精神を生かす。備えの具現化に力を尽くしていきたい。

この際、憲法をもっとよく知るべきだ。この憲法は、日本が米国に敵対しないように意図されたことに問題の出発点がある。占領下の昭和21年、連合国軍総司令部(GHQ)スタッフがわずか1週間で原案を作成し、日本側に押し付けた。

占領者は占領地の法律を尊重することを定めたハーグ条約(陸戦法規、1907年)の明白な違反であった。日本の伝統的価値観を知らないGHQ作成のため、国家観や家族観も欠落した。

9条へのノーベル平和賞授与を関係団体は来年も申請する構えだというが、日本の実態は自国の平和を他国に委ね、国際紛争を傍観してきたといえないか。

受け身で他者依存、さらには危険から逃げ回ってきた戦後の消極的平和主義は限界に達している。前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」安全と生存を保持できないのは明らかだ。

これらを正すという安倍晋三政権による集団的自衛権の行使容認の閣議決定を重ねて支持する。

9条の基本理念は積極的平和主義にある。それは9条冒頭の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」との文言と、前文の「恒久の平和を念願」「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ」「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」が示している。

≪放棄したのは侵略戦争≫

戦争放棄も侵略戦争を放棄した意味だ。9条1項の戦争放棄の対象は「国際紛争を解決する手段として」としているが、この文言は不戦条約(戦争放棄に関する条約、1928年)にも存在している。自衛戦争を排除するものでないことは国際合意でもあった。

現実離れしているのは「陸海空軍その他の戦力」不保持条項だ。「前項の目的を達するため」が国会審議中に挿入された結果、禁止されているのは侵略戦争であり、自衛戦争と侵略を制裁する集団安全保障措置は対象にならないとの有力な憲法解釈があったが、政府はこれを受け入れなかった。

受け入れられていれば、自衛隊違憲論議などの不毛な論争は存在しなかっただろう。

だが現実は、他国の武力行使との一体化は憲法上、許されないとの解釈で国際社会の共同行動への参加をしばしば逡巡(しゅんじゅん)してきた。

直視すべきは、これからの平和をいかにして守るかだ。戦後70年近く続いた平和を大切にしたい思いは尊重したいが、祈りだけでは国は守れない。

憲法改正が党是の自民党内からも、9条がノーベル平和賞の受賞候補になったことに、「誇りに思う」などの声が出た。憲法改正をどう進めるというのだろう。

要は、日本の守りに欠かせぬ抑止力を強め、国際の平和と安全のためになすべきことを実行する。よりよき9条にすることが世界から促されている。
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[毎日新聞] 社説:視点・地域密着の鉄道=人羅格(論説委員) (2014年10月19日)

◇石破さんこそ先導役に

安倍内閣による地方の人口減少対策「地方創生」の検討が進んでいる。だが、どんな施策を打ち出すかのイメージは依然として明確でない。一方で、地方への交付金の新設など制度論に関心が偏りがちだ。

中央からの施策の押しつけは禁物だ。それでも、ある程度具体的な方向性は示すべきだろう。その候補として、地域密着型鉄道の活用を挙げたい。

ローカル鉄道というと、自動車に押されいまだに「お荷物」的なイメージが強いかもしれない。現に、国土交通省によると2000年以降、全国で35路線、674キロの鉄道が採算性などの事情で廃止された。

だが、違う流れも起きている。超高齢化や人口減少社会を迎える中で地域の安定輸送手段として鉄路が注目されている。

その代表がバリアフリーの低床化などを施し手軽に利用できる次世代型路面電車と呼ばれるLRTの導入だ。

人口減少に対応できるコンパクトなまちづくりを掲げる富山市は「団子と串」という表現でまちを結ぶ公共交通にLRTを導入した。開業コストをめぐり是非論が割れるケースもあるが、自治体のLRTへの関心は高い。岡山市と岡山県総社市、JR西日本が吉備線のLRT化を検討したり、神戸市が運行ルート案などの募集を実施したりするなど活発な動きがある。

ローカル鉄道も気を吐く。和歌山電鉄貴志川線は南海電鉄時代に廃線が検討されたが、存続を求める市民運動が起き、岡山の企業の子会社として生まれ変わった。貴志駅の三毛猫「たま駅長」が乗客数アップに貢献するなど営業努力でも知られる。

欧州での普及など鉄道の公共的な役割に詳しく「鉄道復権」(新潮選書)の著書もある宇都宮浄人・関西大教授は「鉄道は社会インフラ。事業単体ではなく街全体の収支で考えるべきだ。行政が初期費用を負担し、民間が運行する方式もある」と説く。政府の後押しにも「より前面に出てほしい」と期待する。

地方創生に必要な視点はかつての「全国総合開発計画」(全総)のような高速道路や新幹線を重視した開発主導ではなく、かといって市場原理を徹底した競争至上主義でもあるまい。世代を超えて利用でき、住民になじみやすい鉄道や路面電車の役割を再評価し、地域社会を維持する手段として公的支援を拡充するのも選択肢ではないか。

石破茂地方創生担当相は政界きっての鉄道マニアで知られる。ここはぜひ地域密着型鉄道を重視するメッセージを遠慮なく発してもらいたい。

2014年10月19日 02時30分
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[毎日新聞] 社説:慰安婦問題 誤解招かぬ対外発信を (2014年10月19日)

慰安婦問題を巡り政府の情報発信のありようを考えさせられる事案があった。

まず元慰安婦に「償い金」を支給した「アジア女性基金」への拠出金を呼びかけた文書を外務省がホームページから削除した件である。

「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」。発端は野党議員がこの呼びかけ文について、衆院予算委員会で強制連行をほのめかす文書だと掲載を批判したことだった。

慰安婦の強制連行に関し、韓国・済州島で女性を、暴力を使って連れ出したという吉田清治氏の虚偽証言が問題になったばかりである。

だが、この「吉田証言」とアジア女性基金は何の関係もない。むしろ政府は、基金を設立して道義的補償に取り組んできたことを日本の実績として強調してきた経緯がある。

アジア女性基金は民間の寄付金に加え、これを上回る国の資金が投じられた公的な組織だった。呼びかけ文は基金設立を目前にした1995年7月に、20人の呼びかけ人が連名で打ち出したものである。

原案を誰が書くかで、当時議論が交わされた。国民の心に訴えるには役所の文章ではもの足りないから、と呼びかけ人が知恵を絞り作ることになった。形式上、「政府作成の文書ではない」という外務省の説明は誤りではないのかもしれない。

しかし、アジア女性基金は慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた河野談話を基に作られた。呼びかけ文も事前に政府の了承を得たものだ。

安倍晋三首相は河野談話の継承を明言している。これまで呼びかけ文を載せていないならともかく、あえて今削除する必要はない。逆に基金を軽視し、慰安婦の存在自体を否定するのかと疑われるのではないか。

一方、政府は慰安婦を「性奴隷」と表現した96年の国連報告書について、報告書を作成したスリランカ人の法律家、ラディカ・クマラスワミ氏に内容の一部撤回を申し入れた。「吉田証言」からの引用箇所を取り消すよう求めたが、受け入れられなかったという。

慰安婦問題が国連で取り上げられた90年代に根拠の一つとされたのがこの「クマラスワミ報告」だった。慰安所で働かせることは、女性の尊厳を侵害するものである。報告書がそうした人権の視点を持ち込んだ点は今日的だが、歴史事実の誤りは訂正してしかるべきだろう。

グローバル時代の情報の広がりを考えれば政府が対外発信に力を入れるのは理解できる。ただ女性の人権擁護に不熱心であるかのような誤解を招いてはまずい。国際社会の目を意識した熟慮の策を求めたい。

2014年10月19日 02時32分
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[読売新聞] 香港抗議デモ 強制排除で安定は得られない (2014年10月19日)

香港の安定回復に必要なのは、実力の行使ではない。対話を通じて「高度な自治」を守らない限り、持続的な安定を実現することはできない。

香港警察は、政府庁舎の周辺道路で、学生や民主派団体支持者らのデモ隊を強制排除した。衝突が起き、数十人が逮捕された。

学生らがデモを始めたのは9月下旬だ。中国の習近平政権が決めた“民主派排除”の行政長官選挙制度の撤回を求めている。

デモの長期化に伴い、多くの住民が経済的損失や生活上の不便に不満を示し始めた。

香港政府の強制排除の決断にはこうした世論の分裂に乗じて、勢いに陰りが見えるデモ隊をじり貧状態に追い込む狙いがあろう。

ところが、排除に加わった警官数人が、無抵抗のデモ参加者を暴行する模様がテレビで放映され、住民に衝撃を与えた。

政府には誤算だったはずだ。梁振英・行政長官は、懸案となっていた政府と学生の対話に応じる意向を表明した。ただ、行政長官選挙制度の見直し要求はあくまで拒否する方針を強調している。

対話姿勢の一方で、デモを完全に強制排除する時機をうかがう、硬軟両様の構えと言えよう。

これでは、対話表明が、政府批判を一時的にかわすための方便と見られても仕方あるまい。習政権が決めた有名無実の「普通選挙」を住民に押しつけるのでは、香港特有の「高度な自治」を維持したことにはならない。

力による異論の抑圧は、香港の「中国化」にほかならず、「一国二制度」の自殺行為と言える。

その意味で、デモ反対派が、学生を支持する日刊紙の社屋を包囲し、新聞発行を妨害しているのは看過できない。香港政府は、デモ反対派の業務妨害を取り締まるなど、報道の自由を守るべきだ。

問題の根源は、習政権が香港の自治を軽視し、「北京支配」を一方的に強めていることにある。

共産党機関紙・人民日報はデモについて、政権転覆を狙う「革命」と見なす論評を掲載した。1989年の天安門事件時と同様、「動乱」との表現も使った。デモ隊への厳しい姿勢が際立っている。

今週の党中央委員会総会や北京で来月開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議を前に、習政権が事態の収拾を急いでいるのは間違いない。

だが、人権を軽視した実力行使は、国際社会の批判を高めるだけだ。習政権が熱望する「APECの成功」はおぼつかない。
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[朝日新聞] エボラ出血熱―国内外で態勢強化を (2014年10月19日)

もはや、アフリカの話ではない。欧米の先進国でも感染の広がりが現実味を増してきた。

スペインと米国で、エボラ出血熱患者の治療にあたった看護師らへの二次感染がわかった。スペインでは一時、看護師搬送での「3次感染」も疑われた。

不穏な情勢ではあるが、やがて感染が大陸を超えて伝わる事態は考えられたことであり、浮足立つ必要はない。冷静かつ着実に対策を強めるべきだ。

日本にも、どんな経路で入ってくるかわからない。日本政府は、国内での備えを早急に固めるとともに、流行地での対策拡充をめざす国際行動に積極参加しなければならない。

世界保健機関(WHO)の報告では、今回これまで疑い例も含め9216人が感染し、うち4555人が死亡している。

患者の発生はリベリアなど西アフリカの国々に、スペインと米国が加わり7カ国に増えた。最も深刻なリベリアでは患者の数の把握さえ難しいという。

欧米で二次感染が確認されたことで、「先進国で、厳重な防護服を着ていても防げないのか」との不安も出ている。

必ずしも正しい解釈とはいえない。同じ患者の治療にあたった関係者は多く、そのなかで例外的に感染したにすぎない。

国際組織「国境なき医師団」によると、流行地の医療従事者の感染の90%以上は防護服の着脱が手順通りでなかったり、防護服が不適切だったりしたミスが原因という。米国でも同様の失敗が取りざたされている。

日本でも指定医療機関の関係者向け研修や訓練が始まった。スペインや米国から詳しい情報を得て万全を期したい。

潜伏期間が長いので入国時の検疫は効果が限られる。だが、入国後の体調悪化への対処法を正しく伝え、国内での感染リスクを抑えることが重要だ。

国内ではエボラウイルスの検査や研究ができる「BSL4」級の施設が動いていない。早急に整備すべきではないか。

一方、流行国への支援も待ったなしだ。リベリアなどでは隔離治療施設が足りず、感染拡大を防げずにいる。安倍首相は9月に国連の会合で4千万ドル(約42億円)の追加支援や専門家の派遣を表明した。国際機関と連携して具体化を急いでほしい。

エボラとの闘いは、負け続きではない。セネガルとナイジェリアでは約6週間、新たな患者の発生が途絶えている。

各国とも、渡航制限などで国の扉を閉めるような政策に走るのではなく、科学的で地道な対策を積み重ねることが大切だ。
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[読売新聞] 日豪防衛相会談 技術移転で安保協力を強めよ (2014年10月19日)

日本の高度な防衛装備技術を友好国に供与することは、安全保障協力を大幅に強化する。前向きに進めたい。

江渡防衛相とジョンストン豪国防相が東京で会談し、豪州が導入する新型潜水艦について、共同開発を含めた協力の協議を始めることで一致した。豪州の要請によるものだ。

江渡防衛相は「米国以外で、豪州ほど緊密で高い協力をしている国はない」と強調している。

豪州は、西太平洋で海洋進出を強める中国の動向をにらみ、潜水艦6隻を2030年頃から順次、更新することを計画している。

技術移転の候補は、海上自衛隊の最新鋭潜水艦「そうりゅう型」だ。原子力を使わない通常動力型では世界最大級で、潜航深度や航続距離などで最高水準にある。

安倍首相とアボット豪首相は様々な機会に会談を重ね、「蜜月関係」を築いている。潜水艦の技術協力が実現すれば、両国関係は一段と深化する。日本の防衛生産・技術基盤の拡充にも役立とう。

日本は4月、新たな防衛装備移転3原則を決定した。これに基づき、米国への地対空誘導弾の部品輸出や戦闘機用ミサイル技術の日英共同研究が認められている。

新3原則は、平和貢献・国際協力目的などの装備輸出を厳格な審査を条件に認めている。日豪協力では、第三国への技術流出防止策を慎重に検討する必要がある。

潜水艦は、「最高機密の塊」とされているからだ。

日本の技術は、エンジンやスクリューの静粛性、水中音波探知機(ソナー)の性能などに優れている。仮に第三国に流出すれば、対抗措置を取られ、日本の安全保障が脅かされかねない。企業の国際競争力も低下するだろう。

会談では江渡防衛相が、日米防衛協力の指針(ガイドライン)見直しの中間報告を説明した。ジョンストン国防相は、中間報告への支持を表明し、日豪・日米豪の安保協力の深化を確認した。

中間報告は、豪州などを念頭に、日米がアジア太平洋地域の同盟国やパートナーとの安保協力を推進する方針を明記している。

自衛隊と豪州軍は近年、米軍を交え、陸上・海上・航空など様々な共同訓練を実施している。3か国の連携を着実に強化したい。

11月には主要20か国・地域首脳会議(G20サミット)出席のため安倍首相が訪豪し、日米豪首脳会談を行う方向で調整している。多角的な協力を進めることが、アジア全体の安定に寄与しよう。
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[朝日新聞] 慰安婦問題―貴重な女性基金の精神 (2014年10月19日)

戦争の時代、日本軍の関与の下で作られた慰安所で性行為を強いられた元慰安婦らに対し、戦後50年を機に国民的な償いを試みたのが「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」だった。

その基金への参加を呼びかけた文書を、外務省がホームページ(HP)から突如削除した。

呼びかけ文には「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」とあった。衆院予算委員会で、この記述が強制連行をほのめかすようだと批判されたための措置とみられる。

基金は、93年の河野洋平官房長官談話を受けてできた。慰安婦問題は法的に解決済みとの立場を保ってきた日本政府にとって、基金の活動は和解への後押しができる実践的な取り組みだった。

事業の柱は、元慰安婦に首相の「おわびの手紙」のほか、募金からの償い金を渡すこと、さらに政府資金から医療支援することだった。基金は7年前に解散したが、その後も外務省が呼びかけ文を掲載し続けてきたのは、これらの努力に意義を見いだしてのことだろう。

削除について岸田外相は、HPに政府が作った文書とそうでない文書が混在していたので構成を整理した、と説明する。だが、基金の関連文書の内容は政府も認めてきた。しかも大本の河野談話について、安倍首相自ら、見直す考えはないと明言している。

なのになぜ、呼びかけ文を削除しなければならないのか。国際社会からは日本政府が歴史認識をさらに後退させたと受け取られかねない。まして河野談話についても首相周辺からは、来年の戦後70年談話で「骨抜き」にすればいいとの発言さえ出ており、なおのことだ。

もとより海外での評価だけが問題なのではない。私たちが過去とどう向き合うのかが問われているのである。

基金解散後、元理事らがウェブ上で「デジタル記念館『慰安婦問題とアジア女性基金』」(http://awf.or.jp)を立ち上げ、本にもまとめられた。

基金に集まったのは約6億円。「入院のため振込(ふりこみ)が遅くなりました」「貧者の一灯です」。デジタル記念館には寄金した人のメッセージのほか、「おわびの手紙」に号泣した元慰安婦の話も紹介されている。

そんな心の交わりの起点となったのが、基金の呼びかけ文だった。外務省が問題意識に変わりはないというのなら、今からでもHPを元に戻すべきだ。
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