2014年10月10日

[東京新聞] 福島県知事選 被災地の今に耳傾けて (2014年10月10日)

きのう告示された福島県知事選は、原発事故後初の知事選びだ。被災地が抱える問題点を全国に発信する好機でもある。県民の思いはどこにあるのか。福島県以外に住む私たちも、耳を傾けたい。

東京電力福島第一原発事故から三年半あまり。今なお十二万人を超える県民が避難生活を余儀なくされている「非常事態」下での選択だ。史上最多の六人が立候補した。二十六日の投開票日に向けて、福島復興と生活再建のための議論を深めてほしい。

いずれも無所属新人だが、二日の公開討論会では、立候補予定者の質問が内堀雅雄前副知事に集中した。内堀氏軸の選挙戦にならざるを得ないことを示している。

民主党出身の佐藤雄平知事が事実上、後継指名した候補である。民主、社民両党が推し、自民党が相乗りした。「大きな問題を抱えている時だから、党派を超えて一緒にやる必要がある」(菅義偉官房長官)というのが理由だ。

しかし、自民党県連が一度擁立した候補を、党本部が引きずり降ろしての相乗り決定である。

七月の滋賀県知事選では自民党系候補が敗れた。知事選連敗による安倍晋三内閣への打撃を避けたい首相官邸と党本部の思惑が優先したことは否定のしようがない。

原発再稼働を進める自民党と、原発政策で意見が割れる民主党とが相乗りした結果、「脱原発」が主要な争点からすっかり抜け落ちた。相乗りした自民党も、それを許した民主党も、罪は重い。

生活再建や産業再生は、福島にとって切実な問題だろう。政府はもとより私たちも、福島の人々が一日も早く平穏な生活を取り戻せるよう関心を持ち、応援したい。

中でも再生可能エネルギーは、福島復興に向けた新たな産業の柱である。にもかかわらず、福島県を管内とする東北電力をはじめ電力各社が、再生可能エネルギーの買い取り手続きを相次いで中断しているのはどうしたことか。

原発再稼働への地ならしなら、見過ごすわけにはいかない。

「脱原発」が主要な争点から抜け落ちたとしても、福島を取り巻く厳しい現状は、原発事故に起因していることを、やはり忘れるわけにいかない。

各候補が訴えるように、県内にある原発十基の即時廃炉は当然だが、全国にある原発の存廃についても、福島の思いをぜひ発信してほしい。原発事故の被害を知る人々が「人と原発との関わり方」を語るからこそ、重みがある。
posted by (-@∀@) at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[東京新聞] 産経記者起訴 韓国は報道の自由守れ (2014年10月10日)

韓国の司法当局が大統領の動静を書いた産経新聞の前ソウル支局長を起訴したのは、報道、表現の自由を脅かすものだ。名誉毀損(きそん)の適用が広がれば、権力を監視する記事は書けなくなってしまう。

ソウル中央地検は産経新聞のウェブサイトに掲載されたコラムが朴槿恵大統領の名誉を傷つけたとして、筆者の加藤達也・前ソウル支局長を情報通信網法に基づく名誉毀損罪で在宅起訴した。

言論の自由が憲法で保障される民主主義国家で、メディアの政権報道と論評に対して国家が刑事罰を持ち出すのは異例のことだ。しかも外国の新聞が対象になった。

加藤氏は国会審議や韓国紙報道の引用に加え、韓国国内の情報も集めて、フェリー「セウォル号」沈没事故が起きた四月十六日に朴大統領が七時間、所在不明であり、特定の男性と会っていたうわさがあるとの記事を書いた。

起訴状によると、朴氏は当日、大統領府にいて男性も別の場所にいたとし、加藤氏は事実確認を怠って記事を書き、朴氏の名誉を毀損したとしている。また、産経の記事が「朴氏と男性の関係」という表現を使い、「大統領に緊密な男女関係があるかのような虚偽の事実を書いた」と指摘した。

ソウル駐在である加藤氏は大統領のプライバシーについて、さらに事実確認をすべきではなかったかという疑問は残るが、フェリー事故は各国で大きく報道され、公人である大統領の当日の動静を書いた記事は公益に適(かな)うものだ。

記事は韓国紙「朝鮮日報」コラムをベースにしている。同紙にはおとがめなしで、産経だけ訴追したのは説得力に欠ける。韓国メディアを引用した記事が名誉毀損に当たるというのなら、外国の報道機関はこれから韓国の記事を十分書けなくなってしまうだろう。

韓国メディアは産経の記事について、不確かな情報で大統領の権威を傷つけたと批判する一方で、起訴によって報道・表現の自由が損なわれ、国際的な信用を失いかねないと指摘する。国内ネットメディアなども提訴し、批判には法的措置で対抗する朴政権の強権体質を警戒する声も出ている。産経への訴追は民主主義国・韓国の評価にも影響するのではないか。

日本政府は起訴を強く非難し、韓国側に懸念を伝えた。ようやく修復の機運が見えた日韓関係への影響を、最小限に抑える努力も併せて必要だ。
posted by (-@∀@) at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[産経新聞] 【主張】東京五輪50年 次の大会は何を残せるか (2014年10月10日)

昭和39年10月10日、東京は前夜の雨もあがり、すっきりと晴れた。

「世界中の青空を全部東京に持ってきたような…」。開会式を中継したNHKの北出清五郎アナウンサーの語りとともに、1964年東京五輪の思い出を語る人は少なくない。人によって受け止め方は異なるが、50年前の大会こそ、日本と日本人を大きく変える出来事だった。

東海道新幹線の開通を象徴に交通網が整えられた。評論家の中野好夫が「水キキン、糞尿(ふんにょう)地獄」と酷評した生活環境は、上下水道の整備により改善されていく。

「ゴミを路上に捨てない」「痰(たん)や唾を吐かない」と注意書きされた東京の街並みは、外国人を迎える意識の高まりとゴミ用ポリ容器の普及で変わっていった。

開会式の宇宙中継、カラー放送はテレビ文化を育み、計時や記録管理で日本の技術力の高さを世界に誇示した。同じ年の海外渡航自由化や経済協力開発機構(OECD)への加盟は、敗戦から復興した日本をさらに国際舞台の高みへと押し上げたといえよう。

晴れ舞台ともいうべき大会への取り組みは、その後の88年ソウル、2008年北京、16年リオデジャネイロと国の伸びゆく姿を誇示する手本にもなった。

当時10歳の小学生は還暦を迎えた。50年の時を経て、東京は今2度目の開催準備を進めている。

望むのは成長型の成果ではなかろう。20年東京は、12年ロンドンが示した成熟都市の開催モデルをさらに進化、発展させ、世界に発信する責務がある。

初めてひとつの組織委員会がオリンピックとパラリンピックを運営する。健常者と障害者が一緒にスポーツを楽しみ、生活する環境を創出できないか。スポーツを文化に高めていくいい機会だ。

高齢化社会への対処を含めて、施設や環境、心のバリアフリーも大きなテーマである。

日本人特有の「おもてなし」精神がどんな効力を発揮するかに、世界は注目している。何よりも3年前の東日本大震災、その後の自然災害から復旧、復興を遂げる姿を世界に示さねばならない。

見える遺産、見えない遺産のいずれであっても、五輪は残すものがある。20年大会は次代に何を伝えるだろうか。語り継がれるべきものは何か。日本人それぞれが考えていきたい。
posted by (-@∀@) at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 産経新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[産経新聞] 【主張】集団的自衛権 日米指針に具体策みえぬ (2014年10月10日)

日米両政府が年末に改定する予定の「防衛協力の指針」の中間報告が公表された。

指針は自衛隊と米軍の役割分担を定める。改定の焦点は、政府が7月に憲法解釈の変更で行使を容認した集団的自衛権をどう位置付けるかだ。

その具体的な記述が見送られたのは残念だ。これでは、日本を守る自衛隊の活動や日米協力がどう拡大するかのイメージがつかみにくい。

安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使について「日米の連携強化が可能となり、抑止力が飛躍的に向上する」と説明してきた。

新指針では、日米協力のあるべき姿を明確に示してもらいたい。改定を待たず、政府は丁寧な説明によって国民の理解を広げていくことにも努めるべきである。

集団的自衛権の具体的記述を見送ったのは、行使の事例をめぐり政府・自民党と公明党の合意が曖昧になっているためだといわれる。調整作業を急ぐべきだが、その際、集団的自衛権の行使はなるべく広く政府に選択肢を与える方向で検討すべきだ。安全保障を確かなものにする上で不可欠だ。

政府が7月の閣議決定前の与党協議の場で提示した事例集には、邦人輸送中の米艦防護や国際的な機雷除去の掃海、米国へ向かう弾道ミサイルの迎撃などが盛り込まれていた。これらすべてを可能にすべきだ。事例集からの後退は、日本の守りを弱めてしまう。

一方、中間報告では、現指針にあるような、日本近隣を想定した周辺事態の概念は採らずに、国際平和のため、日米が地球規模で協力するとうたった。その意義は大きい。オーストラリアなど安保上の準同盟国、友好国との協力を想定した点も前進である。

グレーゾーンなど有事前の段階で自衛隊が米軍艦船や航空機を守れるようにする「アセット(装備品等)防護」も導入するとした。尖閣諸島防衛の強化にもつながる対応であり、歓迎したい。

中国の軍拡や海洋進出、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発など日本をめぐる安全保障環境は悪化している。中間報告は、日米が平時から緊急事態まで切れ目なく共同対応をとり、宇宙・サイバー空間で協力を進めることも明記した。日米同盟の抑止力を確実に高めるものだが、具体的にどう実現していくかを新指針で明確に位置付けることが課題である。
posted by (-@∀@) at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 産経新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[毎日新聞] 社説:東京五輪50年 次は国際貢献する番だ (2014年10月10日)

半世紀前の10月10日、アジアで初となるオリンピックが東京で開幕した。敗戦からの復興を遂げ、経済成長する日本の姿を世界にアピールした1964年だった。50周年を契機に、6年後の東京大会はどうあるべきか考えてみたい。

2020年に向けた動きが目立ってきた。政府は閣僚の数を1人増やし、年内にも専任の五輪担当相を任命する意向だ。各省庁に分散していたスポーツ行政の司令塔となるスポーツ庁創設の動きも進む。

日本オリンピック委員会(JOC)は金メダル獲得数で「世界3位以内」を目標に掲げ、政府に対し6年間で計1000億円以上の強化費を要望している。文部科学省は来年度予算の概算要求で今年度の2倍を超える178億円を盛り込んだ。

開催国が数多くのメダルを獲得することは大会の盛り上げにつながるだろう。だが、成熟した都市、東京で開催する2度目の夏季五輪としては物足りなくはないか。

東京招致を決めた昨年9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会における安倍晋三首相の演説を思い出してほしい。「20年までに100カ国以上、1000万人にスポーツの喜びを伝える」と述べ、「スポーツ・フォー・トゥモロー」(戦略的スポーツ国際貢献事業)を進めることを世界に宣言したのだ。

発展途上国への指導者派遣や用具提供のほか、日本が戦後培ってきた学校体育カリキュラムの策定支援などが柱で、海外の研究者や指導者らを受け入れる「国際スポーツアカデミー」の設立も検討されている。

50年前の日本は人、モノ、カネといった「石」を自国のために高く積み上げることに力を注ぎ、世界3位となる金メダル16個を獲得した。敗戦で失った自信と誇りを取り戻した国民も多かっただろう。

21世紀に入ってもスポーツ環境に恵まれない国は世界に数多くあり、国際大会でメダル獲得が困難な国もある。そうした国々に手を差し伸べ、6年後のメダル獲得につなげることができれば日本に対する評価も変わるだろう。「石」を他国にも届ける取り組み、つまりスポーツを通した国際貢献も、先進国である日本には求められているのではないか。

20年五輪も64年同様、「復興」がキーワードになっている。東日本大震災に見舞われた東北で事前合宿、聖火リレーを実施すれば事足りるというものではない。五輪関連施設の建設のために復興作業が滞るようでは開催の意義が問われる。

50年前にならって五輪開催と同時に、復興した被災地の姿を世界に示すという困難な目標の実現に向かって力を尽くさなければならない。

2014年10月10日 02時30分
posted by (-@∀@) at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[毎日新聞] 社説:産経記者起訴 韓国の法治感覚を憂う (2014年10月10日)

産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長が、朴槿恵(パク・クネ)大統領の名誉を毀損(きそん)した情報通信網法違反の罪で在宅起訴された。加藤記者はすでに日本への転勤が決まっているのに、帰国できない状況になっている。

加藤記者は4月に起きた客船セウォル号の沈没事故に関連するコラムを書き、8月3日の産経新聞電子版に掲載された。

コラムは、沈没事故の当日に朴大統領が事故の報告を受けてから対策本部に姿を見せるまでに「空白の7時間」があったことを前提にしている。加藤記者は韓国紙のコラムを引用しながら、種々のうわさがあることを指摘し、「朴大統領と男性の関係に関するもの」という「証券街の関係筋」の話を紹介した。しかし、実際にはそのような事実は確認されていない。女性である朴大統領が強い不快感を抱いたことが起訴の背景にあるとみられる。

とはいえ、韓国検察による今回の刑事処分は過剰反応と言わざるを得ない。青瓦台(韓国大統領府)の高位秘書官は検察が捜査に着手する前に「民事・刑事上の責任を最後まで問う」と発言していたという。検察当局では、大統領への気遣いが先行し、法律の厳格な運用という基本原則がおろそかになっているのではないかとすら思える。

法治主義に基づく法制度の安定的な運用は、民主国家の根幹をなす重要な要素である。しかし、韓国では「法治でなく人治だ」と言われることがある。恣意(しい)的とさえ思える法運用が散見されるからだ。対馬の寺社から盗まれた仏像が、いまだに日本に返還されない現実などが分かりやすい実例だろう。

今回の在宅起訴は、国際常識から外れた措置である。報道の内容に不満があっても、朴大統領は「公人中の公人」であり、反論の機会はいくらでもある。懲罰的に公権力を発動するやり方は、言論の自由をないがしろにするものにほかならない。

日本新聞協会をはじめ日本記者クラブ、ソウル外信記者クラブ、国際NGOである「国境なき記者団」などは、韓国政府の姿勢に強い懸念を示している。このまま強引に有罪に持ち込もうとするなら、国際社会における韓国のイメージはひどく傷ついてしまうのではないか。韓国社会に冷静な判断を望みたい。

菅義偉官房長官は「報道の自由への侵害を懸念する声を無視する形で起訴されたことは、日韓関係の観点から極めて遺憾だ」と批判した。最近、ようやく改善の兆しが見え始めた日韓関係である。日本のメディアを追い込み、両国関係を再び冷え込ませてしまったら、双方にとって政治的な損失になる。

2014年10月10日 02時31分
posted by (-@∀@) at 12:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[読売新聞] 産経前支局長 韓国ならではの「政治的」起訴 (2014年10月10日)

民主主義国家が取るべき対応からかけ離れた公権力の行使である。

韓国のソウル中央地検が、産経新聞の前ソウル支局長を、情報通信網法に基づく名誉毀損(きそん)罪で在宅起訴した。産経新聞のサイトに8月に掲載した記事で、朴槿恵大統領の名誉を傷つけたという理由だ。

刑事責任の追及を明言していた韓国大統領府の意向に沿った政治的な起訴だろう。報道への圧力は、到底容認できない。

朴政権に不都合な記事を掲載した日本の報道機関に対し、韓国内の反日感情を背景に、制裁を加える意図はなかっただろうか。

報道の自由は、民主主義社会を形成する上で不可欠な原則だ。

民主政治が確立した国では、報道内容を理由にした刑事訴追は、努めて抑制的であるのが国際社会の常識である。

韓国に拠点を置く海外報道機関で構成する「ソウル外信記者クラブ」は、報道の自由の侵害につながりかねない、と「深刻な憂慮」を表明した。

問題の記事は、韓国有力紙、朝鮮日報のコラムを引用し、4月の旅客船セウォル号沈没事故の当日、朴氏が男性と会っていたという「ウワサ」があると報じた。

別の男性との「緊密な関係」をにおわせる「政界筋」の情報も独自に付け加えた。

起訴状は、こうしたうわさが虚偽であることが確認されたと断じている。前支局長がインターネットを通じて、「虚偽の事実を際立たせた」とも主張する。

前支局長が風評を安易に記事にしたことは、批判されても仕方がない。だが、刑事訴追するのは、行き過ぎである。60日以上に及ぶ出国禁止処分も、移動の自由という基本的人権を侵害している。

産経新聞は、公人である大統領の動静に関する記事は「公益に適(かな)う」と強調し、起訴処分の撤回を求めている。

政治家のように反論の機会がある公人と、それがない私人では、名誉を傷つけられた際の対応に、差があってしかるべきだ。

大統領府が産経新聞に抗議し、当日の行動記録を国会に示したことで、朴氏の名誉は既に回復されたはずではないか。

岸田外相は起訴を受け、「報道の自由と日韓関係に関わる」と遺憾の意を表明した。外相は8月と9月の日韓外相会談で、韓国側に慎重な対応を求めていた。

起訴の強行は、外交問題に発展し、日韓関係の修復を一層難しくしかねない。
posted by (-@∀@) at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 読売新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[読売新聞] 東京五輪半世紀 あの感動を2020年にも (2014年10月10日)

1964年10月10日、秋晴れの東京・国立競技場に聖火が灯(とも)った。歓喜に包まれた東京五輪の開幕から、ちょうど半世紀が過ぎた。

93か国・地域が参加したアジア初の五輪は、焦土からの急速な復興を遂げた日本の姿を世界に示す一大イベントだった。

バレーボール女子の「東洋の魔女」や体操男子の金メダル獲得などに、日本中が沸いた。

マラソンのアベベ、体操のチャスラフスカら、活躍した外国人選手の名も、多くの日本人の記憶に深く刻まれている。

64年東京五輪は、数々の遺産を残してくれた。国立競技場などの会場は、スポーツの拠点として親しまれてきた。東海道新幹線や東京モノレールが開業した。首都高速道路も整備された。

五輪は、今の東京につながる都市基盤整備の起爆剤となった。

あの五輪から50年の節目に、改めて時の流れを実感する。

「東洋の魔女」の主将だった中村(旧姓河西)昌枝さんは、昨年10月に亡くなった。決勝のソ連戦の会場となった駒沢オリンピック公園の屋内球技場は、老朽化のため、解体される。

開会式で聖火台に点火した坂井義則さんが今年9月に死去した際には、深い感慨を覚えた中高年の人も多かっただろう。

一方で、半世紀前の感動を知らない世代が増えている。だからこそ、東京に再び聖火を灯す機会を得たことが、本当に喜ばしい。

2020年東京五輪・パラリンピックの準備が本格化している。オールジャパン体制で、抜かりなく作業を進めることが重要だ。

東京都は、競技会場の整備計画の見直しを進めている。資材や人件費の高騰で、整備費の大幅な膨張が見込まれるためだ。公費を投じる以上、無駄を排し、コスト削減に努めるのは当然である。

ただ、主な競技施設は、未来への遺産となる。スポーツ施設として、長く使える機能性は大切にせねばならない。入札手続きの不手際などで遅れている新国立競技場の建設を急ぐ必要がある。

海外からの選手や観光客の受け入れ体制の充実も不可欠だ。インターネットに接続しやすい情報インフラの整備や街中の案内表示の多言語化、外国人と接する際の英会話力の向上など、ハード、ソフト両面での準備が求められる。

こうした取り組みは、観光立国を目指す上で貴重な財産となる。成熟都市で開く五輪のモデルとなる素晴らしい大会にしたい。
posted by (-@∀@) at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 読売新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[朝日新聞] 産経記者起訴―大切なものを手放した (2014年10月10日)

韓国の朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を著しく傷つけたとして、産経新聞の前ソウル支局長が韓国の検察当局に在宅起訴された。

記事がウェブサイトに掲載されて2カ月余り。処分の決定に異例の長さを要したのは、最後まで迷った結果とみられる。

韓国は、他の先進国と同様に自由と民主主義を重んじる国のはずだ。内外から批判を招くことはわかっていただろう。

韓国の法令上、被害者の意思に反しての起訴はできないため、検察の判断には政権の意向が反映されたとみられる。

その判断は明らかに誤りだ。報道内容が気にいらないからといって、政権が力でねじふせるのは暴挙である。

今回の問題が起きる前から、朴政権の関係者は、産経新聞や同じ発行元の夕刊紙が、韓国を批判したり、大統領を揶揄(やゆ)したりする記事を掲載していることに不信の念を抱いていた。

そんな中、独身女性の国家元首である朴氏の男性問題などが「真偽不明のうわさ」をもとに書かれたことで、怒りが増幅したのだろう。

検察当局は、前支局長のコラム執筆について、うわさの真偽を確認する努力もせずに書いたと指摘した。確かに、この記事には、うわさの内容を裏付けるような取材結果が示されているとは言いがたい。

だが、仮に報道の質に問題があるとしても、公権力で圧迫することは決して許されない。

コラムの主題は、旅客船沈没事故の当日、朴氏が一時「所在不明」だったとされる問題である。この件は韓国の野党も追及しており、起訴を見送れば野党を勢いづかせるとの判断も働いたのでは、との見方もある。

だが、韓国の報道によると、検察当局は、コラムを韓国語に翻訳してサイトに投稿した人物についても名誉毀損(きそん)の疑いで捜査を始めたという。これが事実なら、大統領批判に加わった者は、容赦なく国家権力を発動して狙い撃ちする、と受け取られてもしかたあるまい。

今回の措置は、言論の自由を脅かしただけにとどまらない。

韓国は近年、「グローバルコリア」をスローガンに20カ国・地域首脳会議(G20サミット)や核保安サミットを開催するなど、世界での存在感を着々と強めてきた。平昌(ピョンチャン)冬季五輪の開催は4年後に迫る。

だが、そんな国際社会でのイメージも傷ついた。

かけがえのない価値を自ら放棄してしまったという厳しい現実を、大統領自身が真剣に受け止めるべきである。
posted by (-@∀@) at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

[朝日新聞] 石綿被害判決―見過ごした政府の責任 (2014年10月10日)

吸い込むと肺に刺さり、がんなどを引き起こす石綿。経済成長の陰で、その被害への対策が軽視されていた。

大阪・泉南地域の石綿加工工場の元労働者らが起こした裁判で、最高裁が1971年までの13年間、やるべき規制を怠った政府の責任を認めた。

労働現場の安全を確保する規制は、産業重視の立場とときに衝突する。最高裁は労働者の生命・健康を守る政府の義務を重くみる考え方をとった。

厳しい労働環境が依然としてなくならないなかで、説得力をもつ判断だ。

政府が規制の影響を慎重に検討するのは当然のことだが、労働者あっての成長であることを改めて確認したい。

判決が言い渡された二つの訴訟のうち、大阪高裁で原告側が敗訴した第1陣については、高裁に差し戻された。2006年の提訴以降でも原告の14人が亡くなっており、救済を先送りすることは許されまい。政府は原告勝訴の第2陣の判断基準に準じて、早期に救済すべきだ。

泉南地域には戦前から石綿紡績工場が集まり、戦後の高度経済成長を支えた。石綿被害の潜伏期間は長く、大半の工場はもうない。被害者は政府を相手に裁判を起こすしかなかった。

戦後、国際機関が石綿の発がん性などを指摘し、80年代に欧米諸国は使用の禁止や使用量の急減などの規制を強めた。しかし、日本では「代替品がない」という業界の抵抗が受け入れられた形で、90年代後半まで相当の量が使われていた。全面禁止されたのは06年のことだ。

同じ年に石綿救済法ができ、広範な被害対策に乗り出した後も、政府は過去の対応に問題はなかったと主張し続けてきた。まずは誤りを認め、被害者に謝罪しなければならない。

有害と知りながら、政府が徹底した対策をとらないまま事態が深刻になることは、これまでの公害や薬害、労災でも繰り返されてきたことだ。リスクと向き合うことに難しさがあるなら、それはなぜなのか政府自身で検証すべきだろう。

石綿被害をめぐっては、今回の裁判も含め、各地の建設現場の労働者や、機械メーカー・クボタの旧工場の周辺住民が原告になったものなど、14の裁判が起こされた。労災決定は全国で06年以降、毎年1000?1800程度出ており、全容がつかめない産業災害といえる。

いまの石綿救済法では救済は不十分という指摘もある。埋もれた被害はないか。判決を機に、再検証するべきだ。
posted by (-@∀@) at 11:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする